第142話 三原龍サンライトの悲恋
前回魔王が、なぜ龍の巫女がドラゴンの力を有しているのか考察していたので、その本当の理由について話す事にしよう。前回も軽く触れたし、それ以前にも解説しているのだが一応再度おさらいしておくと、龍の巫女はグラニアの娘にしてクリムゾンの妹でもある三原龍・サンライトを祖先に持つ、グランヴァニア王家の血筋であるがゆえにサンライトの力を宿しているのである。なお、王家の人間すべてがドラゴンの力を宿しているわけではなく、その多くは普通の人間として産まれるのだが、数世代に1人程度の割合で龍の巫女が誕生するのだ。
また龍の巫女の特性は王家の縁者なら誰にでも発現する可能性があるわけではなく、ある特定の条件が重なった際にのみ発現するという特異な性質を持っている。その条件とは、当代の王の直系の子供で、なおかつ複数の兄姉が居て、王家を継ぐ予定がまったくない末妹にのみ発現する力なのだ。それは到底自然な生物の営みによる事象とは言い難く、何者かの意思が働いているのは明らかであった。
もったいぶっても仕方がないので明かしてしまうが、その何者かとは遥か昔に滅んだ三原龍サンライトである。なぜ既に死んでいるサンライトの意志が、現代の王家に働いているのかというと、それはサンライトと王家の関わりに起因する。龍の巫女がどういった経緯で産まれたのかを知るために、まずはその辺の事情を話しておこう。
―――それは今からおよそ5万年ほど前、クリムゾンが魔王を打ち倒し、人魔大戦が終結してから間もなくの出来事である。
当時のサンライトは人魔大戦において直接的な武力衝突には介入していなかったが、戦う意思のない人間や亜人達が戦禍に巻き込まれない様に守護する活動をしていた。それは母であるグラニアが、サンライトを産む際に託した願いによって芽生えた、龍の宿痾が元になっている活動であるが、グラニアの願いとは人間を愛して守って欲しいという漠然としたものであった。
その後、人魔大戦が終わると彼女の役割も終わりを迎えたため、サンライトは母であるグラニアの棲む親龍王国グランヴァニアへと帰還したのだった。
そこで彼女はしばらくの間はのんびりと暮らしていたのだが、ある時運命の出会いを果たした。彼女が後に結婚することになる一人の男性と出会ったのだ。彼女達の馴れ初めは特に劇的な物ではなく、グラニアという共通の知人を通して知り合い、たまに話したり一緒に出掛けたりする中で、次第に惹かれ合い、ごく普通に恋に落ちただけなので割愛する。
ちなみにサンライトはクリムゾンと同様に
ところでその相手というのは、何れ王位を継ぐ予定の第一王子であったため、異種族であるドラゴンとの恋愛には周囲からの反発がそれなりにあったし、他ならぬ龍王グラニアも反対していた。しかし互いに愛し合う2人の意志は固く、すべての反対を押し切って結婚したのだった。
さて、流石にドラゴンの姿のままでは子作りができないので、サンライトは事ここに至ってようやく
その後なんやかんやあって、サンライトは王となった元王子との間にたくさんの子供を成して、王が寿命によって没するまで幸せに暮らしたのだった。・・・と、おとぎ話であれば物語はハッピーエンドを迎えてここでおしまいなのだが、彼女の物語にはもう少しだけ続きがあり、しかもその蛇足とも言える続編は、必ずしも幸福とは言えない少々悲劇的な後日譚であった。
最愛の王に先立たれたサンライトは酷く悲しみ、自身の無限とも言える寿命を呪い嘆いたのだ。そして愛する人との間に産まれた子供達もまた、いずれは自身を置いて先に死んでしまうのだと気が付くと、胸を裂かれる様な恐怖を覚えるのだった。
それこそが龍王グラニアが2人の結婚に反対していた理由であり、同じ時間を生きられないドラゴンと人間が愛し合えば、遠くない未来に悲劇が訪れるだろうと予知していたのだ。
恐怖と悲しみに囚われたサンライトは、いつしかその魔力を変容させ悪龍へと成り果てようとしていたが、そうなれば彼女の人を愛する心も変質し、自ら愛する者達に危害を加えてしまう危惧があった。そこで、彼女は最悪の事態が起きる前に一計を案じた。我が子であるソレイルに自身を浄化、すなわちその悲しみや恐怖心もろとも変質した魔力を消滅させてもらう事にしたのだ。ソレイルは後に初代龍の巫女と呼ばれるようになる存在であり、サンライトと王の間に産まれたたくさんの子供達の末の娘であり、産まれながらにドラゴンの力を宿していた唯一の娘でもあった。
ソレイルは当初、母の悪龍化による被害を防ぐためとは言え、母を殺すのに等しい浄化を渋っていたが、何度も議論を交わしやり取りを繰り返すうちに、母の本心を知ったのだった。サンライトはもちろん悪龍化による被害を懸念してはいたが、その心の奥深くには、最愛の王と同じ時を生きて共に死にたかったという願いが隠されていたのだ。父亡き今、母の悲しみを癒す事は誰にもできないのだと悟ったソレイルは、ついにはその依頼を承諾し、悪龍になりかけていたサンライトを浄化したのだった。ちなみにソレイルがサンライトを浄化した魔法は、サテラが大鮫マナゾーを浄化する際に使用した魔法、浄化の光サンライトピュリフィケーションと同じ物であるが、その名称はサンライトを浄化した事から、後に龍王グラニアによって名付けられたものである。
さて、サンライトの悲恋はこれにてひとまず終幕となるが、彼女が残した想いと力は、死してなおその子孫に受け継がれ、現代においても息づいているのだ。それは呪いか祝福か、元をただせばグラニアがサンライトに託した願い、人間を愛して守って欲しいというドラゴンの宿痾に端を発するものであるが、その強制力は世代を経た事で非常に緩い物となり、龍の巫女であるエコールやサテラへの影響としては、無意識的に人間の味方をする程度の効果でしかない。
補足しておくと、サンライトが浄化された際に魔力はソレイルに吸収され彼女の力を大きく底上げする事となったのだが、サンライトの実体の方は記憶や魔力を失った無垢な卵へと還っていた。その卵はソレイルによってグラニアへと委ねられ、新たに産まれたのが後に四大龍となるキナリ・サンライトである。キナリ本人はサンライトが死に際に残した卵から産まれた娘であると、姉であるソレイルや育ての親であるグラニアから聞かされているが、その実態は記憶を失ったサンライト本人と言ってもいい存在なのだ。しかしそれは、ソレイルやグラニアがキナリを欺こうと嘘を教えているわけではない。無垢な卵から新生したキナリは、サンライトとは完全に別のドラゴンであるため、ややこしい話はあえて省いただけである。
現にサンライトの姉であるクリムゾンでさえ、キナリを見てもサンライトの生まれ変わりとは見抜けていなかったし、最早完全に別の存在であることに疑いの余地はないだろう。クリムゾンは少々頭が悪いが、その魔力感知能力は飛びぬけて高いため、姿が変わっていても同じ魔力を持っていれば同一存在であると看破できるのは、幼女化した魔王で証明済みである。
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