第131話 クリムゾンと魔王

 時間を潰すためにシャイタンの用事に付き合う事にした魔王達は、クリムゾン一行が今まさに見学中の古武術道場へと到着した。

 かつて世界を二分した人魔大戦。その趨勢を決した最後の戦いにおいて激突した二つの凶星、すなわち混沌暴帝龍カオスロードドラゴンクリムゾンと魔王ヤクサヤは、互いのその後の人生(人ではない)に大きな影響を及ぼし合った、因縁の好敵手同士である。そんな両者が図らずもほぼ同じタイミングで永い眠りからの覚醒を果たし、大戦終結から数万年の時を越えた現代で、再び相見えようとしているのだった。


 シャイタンは道場の正門を抜けて内庭へと入ると、母屋の方に人の気配があるのを魔力感知によって察知したのだが、あいにくと周囲には呼び鈴も何も見当たらなかったので少し声を張って家主に来訪を報せた。

「こんにちはー。アサギさんいますかー?」

 その声はアクア達に施設の案内をしている最中だったアサギの元へと届いた。

「おや?あの声はシイタさんですね。ちょっと迎えに行ってくるので、アクアさん達を頼みますねお父さん。」

「おう、任された。」

 アサギはアクア達をゴウに任せると足早に正門へと向かった。


 間もなくしてシャイタン達の元にアサギが駆け寄ってきた。

「いらっしゃいシイタさん。それとみなさんも一緒にいらしたんですね。」

 シャイタンと共に来訪した魔王達の存在に気付いたアサギが声をかけると、魔王が代表してこれに応えた。

「うん。用事が済んで夕飯まで時間ができたから、シイタに付き合う事にしたんだ。大勢で来たら迷惑だったかな?」

「いえいえ、道場は広いですし何人でも歓迎しますよ。是非みなさんで見学していってください。どうぞこちらへ。」

 アサギは魔王の心配をやんわりと否定すると改めて歓待の意志を示し、新たな客人を先に訪れていたクリム達が待つ道場へと招き入れた。

「はい、失礼します。」

 シャイタンは船旅の最中にチャットから人間流の礼儀作法を習っていたので、ぼんやりと思い出しながらアサギの歓待に応えた。なお魔王達は現在異国からの観光旅行者を装っているため、細やかな作法はある程度いい加減でも国家間の文化の違いで誤魔化せるとチャットから聞かされていたのだが、シャイタンは魔族の割には真面目な方なので、人間に成りすます演技にも意欲的なのだった。


 ところで、ヤパの道場には一時的に居候しているだけの立場であるアサギが、まるで自分の家の様に客人を迎えるのは少々変に思われるかもしれない。しかしこれには理由があり、道場の師範代兼家主であるレツはアサギの母の実兄、つまりアサギの実の叔父にあたり、彼女にとっては単なる同じ流派の道場というだけではなく、毎年行き来し合う親戚の家でもあるので、他人行儀な遠慮はないのだ。


 アサギに連れられ格闘場へと招き入れられた魔王は、いよいよもって自身の仇とも言える因縁の宿敵・深紅の災厄クリムゾンディザスターと最接近していた。

 ちなみにシャイタンは魔力感知によって建物に入る前から、明らかに人間ではない五つの奇妙な魔力が存在する事に気が付いていた。さらにその内のいくつかの魔力は先日魔王復活の儀式の際に感じた異常な魔力波、すなわちクリムゾンの魔力波長と酷似している事も分かっていた。しかしその魔力量は魔族の中でも突出した力を持つシャイタン、並びに魔王達からすれば、さして脅威とはならない程度の物だったため、危険が無いのであれば、何も言わない方が面白い事になりそうなので黙っておこうと、シャイタンの魔族らしい悪戯心が顔を出したのだった。

 なお、クリムゾン達はありのままの魔力を放出していては大騒ぎになってしまうので、魔力を制御して放出量を抑え見た目上弱く見せているだけなのだが、実戦経験のほとんどないシャイタンはそこまで看破できていなかった。



 さて、格闘場へと入場した魔王達だが、先に見学を始めていたクリムゾン一行を一瞥すると、彼女達の間にはにわかに緊張の空気が走っていた。中でも魔王はまるで石化したかのようにピシッと固まってしまっていた。先客の少女達が持つ特徴、七対の翼と深紅の鱗に包まれた長い尻尾から、仇敵クリムゾンの姿を連想せずにはおられなかったからだ。ただし魔王が知るクリムゾンは巨大なドラゴンであったし、またクリムゾンがいたって自然な様子で魔力を抑えていたのもあって、まさか災厄の魔龍ご本人がその場に居るとは、さしもの魔王も考えおよばなかったので、一瞬焦ったもののすぐに平静を取り戻していた。


 魔王達が動揺している一方で、クリムゾンとクリムの母娘もまた魔王達が近づいてきている事を察知していた。しかしクリムは魔王達の発する魔力が魔法によって擬装された物だと分かっていたが、敵意は感じなかったのでひとまず無視して、古武術の歴史なんかを解説してくれているレツの話に耳を傾けていた。

 そしてクリムゾンはというと、無視を決め込んでいる娘とは一転して魔王をガン見していた。当然魔王はその視線に気づいたが、どう見てもクリムゾンの関係者である少女とは関わり合いになりたくないので、目を合わせない様に視線を逸らした。

「みなさんどうかしましたか?」

 魔王達の落ち着かない様子に気付いたアサギが声を掛けた。

「いや、先客がいるとは思わなかったから、ちょっと気になっただけだよ。」

 魔王は平静を装いつつも、どこかぎこちない感じで答えた。

 魔王の言葉を聞いたアサギは格闘場内を見渡し、クリムゾンがこちらを凝視している事に気付いた。

「もしかしてクリムゾンさんとお知り合いなんですか?なんだかすごくこっちを見てますけど。」

「クリムゾンだって!?」

 アサギの発したクリムゾンという名前に、一時は平静を取り戻した魔王は再び焦りの色を隠せなくなっていた。

「その様子からするとやはりお知り合いなんですね。」

 魔王はただ驚いてオウム返ししただけなのだが、アサギはどういうわけか2人が旧知であると勘違いしていた。

 たしかにクリムゾンと魔王は因縁浅からぬ宿敵同士であり、まったく知らぬ仲というわけではないのだが、かといってアサギが考えているであろう知人関係でももちろんない。魔王はこちらを見つめる少女が件の魔龍であるのか、未だ判断しかねていた事も有り、アサギの問いにどう答えたものかとしばし考えあぐねていた。

 考え込む魔王をしり目にアサギは話を続けた。

「クリムさん達とは先ほど町中でお会いしたばかりでして、シイタさんと同じ様に道場に興味が有るという事なのでお招きしたんですよ。」

 道場、というよりは古武術自体への興味を示したのはアクアだけであり、他の者は付いてきただけなのだが、その辺を細やかに説明する必要は無いだろうと判断したアサギはざっくりと経緯を話した。

「クリムさん達もみなさんと同様に旅の途中らしくてですね、しかも明日の闘技大会にも参加するんですよ。いやーすごい偶然ですね。武の求道者同士、意図せずともやはり引かれ合ってしまうのでしょうか?」

 アサギはさらに言葉を続け、勝手に納得していた。魔王達もクリム達も、別に武の求道者を名乗ってはいないのだが、色々と深読みして一人で盛り上がってしまうのは、父であるゴウ譲りの気質だ。

「え?クリムゾンも大会に出るの?」

 魔王はかつての戦いで受けたトラウマを既に克服しているのだが、クリムゾンと再び戦うとなるとまた話が違ってくるので、出場を取りやめようかという考えが頭をよぎった。

「いえ、クリムゾンさんは大会にエントリーしていないですよ。大会に参加するのはクリムさんとシュリさん。それとアクアさんとサテラさんの二組だけですね。」

 戸惑う魔王にアサギが答えた。

「そうなんだ。なら、まぁいいか。・・・いいのかな?」

 魔王は後ろを振り返り、自信なさげに仲間達の顔を見回したが、当の仲間達はあたふたする魔王の姿を優しい目で見守りつつ妙に和んでいるのだった。

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