第128話 師範代の男
クリム達が門を抜けた先で世間話をしていると、その声を聞きつけた家人が様子を伺いに道場の正面玄関から出てきた。
「何やら声がするから誰かと思えば、お前達帰ってたのか。」
そう言って姿を現したのは、ゴウに負けず劣らずの恵体を持ち、道着姿で無精髭を生やした大男だった。
「おう、ただいま兄貴。」
ゴウが兄貴と呼んだ男は、ゴウと同じく黒帯を締めており、体格的にも、また無造作に歩く所作からも、海皇流古武術の師範代であるゴウと同格の力を持った格闘家であると、クリムの目には映った。もっともドラゴン目線から見ると、素手の人間が数十年鍛えた程度で変化する戦闘力の振れ幅は、言ってみれば誤差の範囲でしかないのだが、クリムは普通のドラゴンとは異なり人間の聖女エコールの記憶を持っているので、ドラゴンでありながら人間基準での戦闘力の差異を細やかに見分ける事が可能なのだ。
ちなみにアクアは格闘術に対する造詣が深いため、人間レベルの戦闘力の高低差はよく分らないものの、格闘技術の練度や産まれ持ったセンスの有無、鍛える事でどこまで技術を習熟できそうかといった、大まかな素質さえも測る事が可能だ。そのある種の鑑識眼は、アクアが産まれつき持っていた記憶、つまりはクリムゾンの姉アクアマリンの記憶に由来するものであるが、知識や経験と言うよりは半ば本能的な勘による判定方法なので、その精度は割といい加減だ。
「どうしてそんなところで立ち話しているんだ?っと、それは置いといて、そちらの方達はアサギが話していたお客さんか?」
男は厳つい顔をぐにゃりと歪めてクリム達に歓待の笑顔を向けた。熊の様な大男の笑顔はぎこちなく、ともすれば不気味でさえあったが、少々不器用なだけで何か裏があるわけではない。
「こちらの方達は先ほど町中で出会ったばかりで、出掛ける前に話していた方達とはまた別人ですよ。彼女達も闘技祭に出場するのですが、色々と話している中でうちの流派に興味が有ると言うので見学にいらしたのですよ。」
「おお、そうだったのか。まぁいずれにしてもよく来てくれたな。」
男は顔に似合わずフレンドリーだった。
「どうも初めまして。私はクリムです。急に押しかけてしまってすいませんね。」
「すまんな親父。」「すまんなー。」
クリムが挨拶すると、それに続いてシュリとアクアが輪唱する様に言葉を繰り返した。
「おっと、これはわざわざご丁寧に。自己紹介が遅れたが、俺はこの道場の師範代をやってるレツだ。よろしくな。それと、うちの道場は特に来訪時間に制限はないから、就寝時間でもなければいつでも歓迎するぜ。最近は格闘技に興味有る子は珍しいしな。」
レツと名乗った男は、先にも増して一層へたくそな笑顔で歓迎の意志を示した。
「それはどうも。」
クリム自身は(まったくないとまでは言わないが)そこまで格闘技に興味がなかった。しかしレツの期待を裏切るのも悪いので、ひとまず黙っていた。
「何はともあれ、だ。とりあえず道場に入るか。」
レツは身振りを交えて正門付近で立ち往生していた一行に移動を促した。
「はい、お邪魔します。」
クリムとその一行はレツの提案に従い、ようやく道場の中へと足を踏み入れたのだった。
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