第127話 謎の海老解説回

「たのもーっす。」「たのもー。」

 道場の門を跨いで開口一番にシュリが挨拶すると、それを真似てアクアもやまびこの様に繰り返した。

「うん。その掛け声は道場で使うという意味では間違ってないけれど、今使うのはおかしい。」

 その場のノリと雰囲気だけで動いている2人にクリムがツッコミを入れた。

「ずいぶんと古式ゆかしい挨拶を知っているんだなお嬢ちゃん。かつて、道場の門戸を叩く者や、道場破りなんかが好んで使っていた、定型的な文句であると聞いたことが有るが、実際に使っているのは初めて見たよ。」

 ゴウがシュリに語り掛けた。彼はこの町の道場では一時居候しているだけの身だが、彼の住む国に戻れば自らの道場を構えるいっぱしの師範代である。旅先では格闘家としての、強者との闘争を求める側面ばかりが前面に出ているが、師範代と言う責任ある役職に就いている関係上、武術界の歴史や古い習わしについてそれなりに学んでおり、本来は思慮深い側面も持っているのだ。

「別になんと呼んでくれてもいいっすけど、俺はまだ間性の状態だから正確にはメスじゃないっすよ。」

 シュリはお嬢ちゃんと呼ばれた事に対してやんわりと訂正した。 彼女はこれまでに会った他の者達からもクリムの妹として認識されており、少女扱いを受けていたのだが、それについてはさして気にしていなかった。しかし『お嬢ちゃん』と言う呼称に対してはどこか居心地の悪さと言うか、むず痒さを感じたのだった。

「む?よく分らないがそうなのか。これは失礼。しかし間性とは何なのだ?」

「それ初めて会った時にも言ってましたね。あの時はあまり深く聞かなかったけれど、その間性ってのはどういう状態なんです?」

 ゴウの問いに重ねる様にクリムも質問した。

「おっ?姉御も俺に興味有るんすか?ふふん、しょうがないっすねー。」

 シュリはなぜか嬉しそうに鼻を鳴らすとさらに続けた。

「間性ってのは一部の海老が持つ特性っすよ。簡単に説明すると性別が後天的に決定するって感じっすね。」

「ほうほう。変わった特性ですね。魚類の中には性転換できる種類が居ると聞いたことが有りますが、それと似た様な感じでしょうか?」

「えーっと、魚の性転換は同性同士を一緒にしておくと片方が変化するって感じっすから、間性とはちょっと違うっすね。」

「あら、そうなんですか?」

「そっすね、少し具体的に説明すると、間性になる海老ってのは産まれた時はみんなオスなんすけど、ある程度育つと雌雄どちらでもない間性の状態になるっす。それでたくさん食べて大きくなった個体がメスになって、小さい個体はオスになるんすよ。」

「なるほど。要するに強い個体がメスになるって事ですね。」

「まぁそうっすね。卵を産む関係でメスの方が体力が必要っすからね。」

「そう言われると合理的ですね。哺乳類や爬虫類、鳥類なんかはオスが大きいイメージが有りますが、それとは真逆なんですね。」

「陸の事は知らないっすけど、深海ではメスが大きいパターンが多い気がするっすね。」

「となると生息地の問題なんですかね。・・・あっ、でも虫なんかは陸生でもメスが大きいパターンが多いですね。甲虫類なんかはオスが大きいですし、例外はありますけどね。オスが戦ってメスを守る生態を持っている種族はオスが大きくなるのかもしれないですね。」

 クリムはざっくりと適当に話をまとめた。

「まぁそんなわけで、今の俺はどっちつかずの間性状態なんすよ。」

 クリムが一人納得しているのを他所に、シュリも話をまとめた。


「間性の性質からすると、シュリもたくさん食べて大きくなったらメスに

、逆に少食ならオスになるんですかね?」

 話がまとまったところで、クリムはさらなる疑問が湧いたので質問した。

「どうなんすかね?姉御の話によると今の俺は旦那の細胞が混じった、半分ドラゴンの海老って感じっすからね。元々の海老の特性がそのままかどうかは、正直言うと俺にもわからないっす。」

「言われてみればそうですね。あなたは世界に1人しかいない種族でしょうから、当然前例も無いですし、どんな性質を持っているかは未知数ですね。」

「そうっすねー。」

 シュリは自分の事であるにもかかわらず、さして興味がない様子だった。

「ドラゴンの性質が強く出ればメスになると考えるのが自然ですが、まぁそのうち分るでしょう。考えてわかる事でもないですから、あまり気にしても仕方ないですね。」

 シュリのいい加減な返事を気にすることなく、クリムはまた勝手に納得していた。

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