第104話 魔王走る

 ヤパ共和国に向かう道中の森の中で、魔王達は格闘家親子のゴウとアサギと出会った。そして話を聞くと彼らもヤパに向かう途中であると判明し、なんやかんやあって一緒にヤパを目指す事になったのだった。

 魔王達は盗賊とのいざこざに加え、格闘親子とのやり取りにも時間を取られて旅の予定が狂ったため、少しばかり急いで森を抜ける事にした。しかし魔王達は人間の振りをしているため、どの程度まで移動速度を上げても怪しまれないのか加減が分からなかった。そこで魔王はひとつ妙案を思い付いた。

「ゴウとアサギはヤパへの道を知ってるんだよね?」

「もちろん知ってますよ。ヤパには私達と同じ流派の道場がありまして、合同訓練や交流試合のために何度か訪れていますから。」

 アサギが答えた。

「それなら2人が先導してくれないかな?私達はさっきも話した通り先を急いでるんだけど、ヤパに行くのは初めてだから道案内して欲しいんだ。それとできるだけ早く着きたいから、可能な限り速度を上げてね。」

「それは構いませんけど、私達は普段から鍛錬で走り込みをしていますから、結構走るのは早いですよ。ついてこれますか?」

「私達の事なら気にしなくて大丈夫。私達はずっとお爺ちゃんの家に預けられていたんだけど、お爺ちゃんの家はすごい山奥にあるから山を駆けまわって育ったんだ。そんなわけで体力には自信があるよ。」

 魔王が話した内容はすべて事実ではあるが、彼女達の体力が優れている事と山育ちな事はさほど関係なく、単純に魔族の身体能力が人間より高いだけの事である。

「そう言う事なら分かりました。でも速過ぎたら遠慮せず言ってくださいね。」

「うん、分かった。」

 話がまとまった所で魔王達はアサギを先頭にして走り出した。


 森の中にはそれなりに整地された林道があるのだが、最短経路で森を抜けるために先頭を行くアサギは林道を外れて険しい森の中を走っていた。そしてアサギに続いてゴウが、さらに続いて魔王以下魔王軍の面々が、ぴったりとアサギの速度に合わせて追走していた。

 先ほどの魔王の話に興味を持ったゴウは、木々を軽快に回避して走りながら独り言を漏らした。

「山奥に棲む格闘術の達人・・・。浮世を捨てた仙人の様なご老人と言った所か。ぜひ一手ご教授願いたいですな。」

 ゴウはまたしても魔王がまったく口にしていない言葉まで勝手に補完して深読みしていたのだが、魔王の祖父であるカドルはかつて山に籠って修行ばかりしていたので、ゴウの妄想もあながち間違いではなかった。

「お爺ちゃんはだいぶボケてるから試合は難しいかな。」

 魔王はゴウの独り言に返答した。

「なんと、それは残念。いかな達人であっても、寄る年波には敵わないのですな。」

 ゴウはあっさりと納得して諦めた。


 カドルは獣魔人ビースティアンであるため人間の振りをしている魔王の祖父として紹介するわけにはいかない。また現在カドルは魔族達の住む最果ての島に居るため、その所在を明かすわけにもいかないので、ゴウがカドルに対して興味を無くすような事を魔王は言ったのである。なおカドルがボケていて試合は難しいと魔王が思っているのもまた事実である。


 ここで1つ注意しておくと、魔王が何かと事実を織り交ぜて演技をしているのは、チャットからのアドバイスに従った結果である。そのアドバイスとは、付け焼刃の嘘はすぐにバレるのでできるだけ嘘はつかないという物であった。魔王はあらかじめチャットが構築した三姉妹の設定を遵守しつつ、それ以外の部分は多少改変してはいるが概ね自身の経験に基づいて話しているので、勘の鋭い者であっても事実の裏に隠された、じっくりと練られた欺瞞に気付くのは難しいだろう。


 しばらく森を走ると、険しい森を抜けて目的地であるヤパ共和国がその姿を現した。森からヤパまでは見通しのいい平原となっており、海沿いにあるヤパの港とそれに付随する港町が一望できた。チャットを除く魔王軍の面子は、初めて見る現在の人間の国の姿が、思いのほか発展している事に驚きつつも足は止めずに走り続けた。

 一方森を抜けたところで少し後ろを振り返ったアサギは、全員が息一つ切らさずにぴったりと付いてきている事に驚いていた。

「みなさんすごいですね。自分で言うのもなんですけど、私走る速さにはかなり自信があるんですよ。同門に限らず私が知る格闘家達の中でも最速だと自負していたのですが、上には上が居るんですね。みなさんまったく疲れていない様子ですし。」

「そんな事ないよー。ちょっと疲れてきたかもー。」

 魔王はわざとらしく疲れた演技をしたが、あまりにもあからさま過ぎたため、アサギの目にはむしろ余裕がある様に映ったのだった。


 魔王は策を弄してまんまと人間に合わせて力を抑えているつもりであったが、残念なことにその指標とした相手が人間の中でも最高レベルの健脚の持ち主だったのだ。そんなアサギに余裕を持って付いて行く魔王達は、意図せず常人ならざる力を誇示してしまうのだった。

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