第84話 クリムゾン達の職業

 IDカードを作成するために交易所を訪れたクリム達は、受付嬢に一通り自己紹介を済ませてから本題へと移った。

「登録に当たって氏名と出身国とご職業をお伺いするのですが、皆様の出身地はクリム様と同じでよろしいでしょうか?」

「はい大丈夫です。」

 代表してクリムが答えた。

「承知しました。それではご職業は何をなさっていますか?」

「俺は強いて言うなら掃除屋っすね。」

 まずはシュリが答えた。

 シュリの元々の種族は海底で生物の死骸等を漁る腐肉食スカベンジャーの特性を持った深海海老である。彼らの働きは死肉の腐敗による環境汚染を防ぎ、食物連鎖の循環を支える重要な役割を担っているのだ。

「それではシュリ様は清掃員でよろしいですね。」

「オッケーっすよ。」

「承知しました。他の方は何をなさっていますか?」

「それでは次は私が答えましょう」

 スフィーが周囲の状況を見渡すと、クリムゾンとアクアは質問に答える様子がなかったので自身が名乗りを上げたのだ。

「私の役割は人間との友好関係の構築なのですが、職業かと言われると少し違いますね。人間との交渉材料として現有する植物を品種改良して提供するつもりでしたから、そう言った意味では植物研究家でしょうか。」

「なるほど。スフィー様は研究者なのですね。では背中の翼の様な植物も研究の産物なのでしょうか?」

「いえ、これは地毛ならぬ地葉っぱです。先ほども言いましたが私は植物の特徴を持つ人間的な種族です。見ての通り普通の人間ではないのですよ。」

「あぁそうなんですか。失礼しました。」

 受付嬢は勘違いを詫びて一礼した。

「それでは、あとはクリムゾン様とアクア様ですね。」


 仲間達が各々職業を自己申告する中、残されたアクアはきょとんとしていたが、自分の番が回ってきたので答えに困ってクリムの袖を引っ張った。

「ねぇお姉ちゃん。」

「どうしたんですかアクア?」

「職業って何?」

「あぁなるほど、アクアには分かりませんよね。職業というのは仕事の種類みたいなものですね。と言ってもドラゴンであるアクアには仕事も分からないでしょうから、たとえ話をしましょうか。肉食動物がご飯を食べるために狩りをする様に、人間はお金を得るために仕事をするんですよ。」

「お金って何?」

「お金というのは欲しい物と交換できる引換券ですね。さっきご飯を食べた時はセイランがお金を払って料理を頼んでいたんですよ。」

「ふーん。なんとなくわかった。」

 詳しく話してもアクアには分からないだろうと思ったクリムはできる限り簡潔に説明したが、それでもアクアはあまりピンと来ていない様子だった。文明の高度化に伴い金銭の授受がキャッシュレス化された影響で、お金と商品の交換を行われた様子が視覚的に分からなかったせいである。便利すぎるのも考え物だと思うクリムだった。

「ちなみにアクアは格闘術が得意な様ですから、職業に当てはめるとしたら格闘家ですかね。お金を稼いでいるわけではないので実質無職ですが、そう言った世捨て人的な武の求道者はエコールが生きた時代にも時折居ましたし。」

「じゃーそれでいいや。私は格闘家だよ。」

 アクアはあまり興味が無い様子で受付嬢に答えた。

「はい、承知しました。」

 受付嬢はクリムとアクアのいい加減な会話を聞いていたにも拘わらず、アクアの申告をあっさり承認した。

「それでは最後はクリムゾン様ですね。」

「ん?なにが?」

 クリムゾンは先ほど食べた朝食の事を思い返してボーっとしていて、受付嬢の話を聞いていなかったので聞き返した。

 これにすかさずクリムが答えた。

「彼女はあなたの職業を聞いているんですよ。」

「ぼくの職業?ロード・ドラゴンかな。」

「えっ!?」

 受付嬢はクリムゾンが発した思わぬ言葉に驚きの表情を見せた。

 一応確認しておくが、ロード・ドラゴンとは長い年月を生きて力を蓄えたドラゴンで、大抵の場合は多くの眷属を従えて独自の縄張りを支配している王の様な存在である。普通のドラゴンでさえも人間にとっては恐るべき力を持った怪物であるため、その中でもさらに飛びぬけて強いロード・ドラゴン達は雲の上の存在である。

 アラヌイ商会に所属している受付嬢は、ロード・ドラゴンの中でもさらに頂点に君臨する四大龍・賢龍姫の庇護下にあり、普段からドラゴンと接する機会が多いためドラゴンに対する恐怖心はあまりないが、それでもロード・ドラゴンと直接対峙するのは初めての経験であり、思わず一瞬戦慄したのだ。なお賢龍姫とはセイランの事であり、御本人が目の前に居るのだが、セイランは素性を隠してお忍びで活動しているので受付嬢はその事を知る由もない。

「おいおいちょっと待った。」

 クリムゾンは特に何も考えずに事実を述べただけだが、これにセイランが待ったを掛けた。そして続けて小声でクリムゾンに耳打ちした。

「あなた一応正体を隠しているんでしょう?何正直に話してるのさ。」

「ああ、そうだったっけ。じゃあ今のなしで。」

 クリムゾンはセイランがわざわざ声のトーンを落としているのを気にする事も無く普通の声で言い放った。

「えっ?あっはい。」

 受付嬢は当然クリムゾンが素性を隠している事に気が付いたが、それはクリムの旅を手助けするために必要なのだと勝手に解釈し、先ほどの言葉は聞かなかったことにした。

「それでは改めまして、クリムゾン様は何をなさっているんですか?」

「えーっと。どうしよっか?」

 クリムゾンは適当に誤魔化そうと虚偽の職業を数秒考えたが、何も思い浮かばないのでクリムに視線を投げかけた。思考放棄するのがあまりにも早すぎるが、自身の能力を正確に把握している事とクリムを信頼しているからこその即断である。

「そうですねぇ。あなたには武器防具の製造と深海に眠る財宝の回収をお願いする予定でしたから、鍛冶師兼トレジャーハンターと言ったところでしょうか。金属加工するわけではないので鍛冶師というには語弊がありますが、まあ似た様なものでしょう。」

「トレジャーハンターは社会的な印象があまりよくないので鍛冶師にしておきますね。」

 受付嬢はアドバイスを交えつつクリムの案を修正し、ようやく4人の職業が出そろったので登録用紙に記載した。

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