第80話 グラディアルフェスタ

 セイランとの話し合いがひと段落したところでちょうど料理が運ばれてきた。

「お待たせしました。」

 そう言いながらが料理をテーブルに並べ始めたのは、昨日クリム達が食事に来た際に対応してくれたのと同じ女性店員だった。セイランは様々な料理を一品ずつ注文したらしく、テーブルの上には多種多様の料理が立ち並びちょっとしたビュッフェのようだ。

「ご注文は以上となりますね。ごゆっくりどうぞ。」

「うん、ありがとう。」

 テーブルのセットを終えた店員が一礼すると、セイランは彼女に手を振って見送った。


「それじゃあいただきましょうか。」

 食事の用意ができたのでセイランが全員に声を掛けた。

「待ってました。色々種類があると目移りして何から食べるか悩むっすね。」

「そうですね。どれもいい匂いでおいしそうです。」

 お腹をすかせたシュリがたくさん並んだ料理を前にして真剣に値踏みしているとスフィーも釣られて料理を見渡した。しばし悩んだ末2人は思い思いに気になる料理を選ぶと取り皿に移して食べ始めた。

 クリムはスフィーの様子を見て一つ気になる事があったので声を掛けた。

「ねぇスフィー、あなた食事をとるのは初めてですよね?昨日あなたが産まれてから今回が最初の食事ですからね。」

「はい、その通りですよ。それがどうかしましたか?」

 スフィーは初めてとは思えない器用な手つきでフォークを操り、美味しそうにパスタを頬張りながら質問に答えた。

「いえ、大したことではないのですが、慣れた手つきで食事しているのでなぜかなと思いまして。あなたの本体であるスフィロートは大樹という話でしたし、食事は取らないですよね?」

「ああ、そう言う事でしたか。昨日少しお話した通り、私というかスフィロートは世界中の植物を通して人間達の生活を観察していましたので、つまりは見様見真似ですね。」

「なるほど、器用なんですね。」

 上手に食事を進めるスフィーと、その隣で慣れない手つきでフォークをがっしり掴んでいるシュリとを見比べ、クリムはスフィーの適応力の高さを感じた。

「ところであなたも植物を通して周囲を観察したりできるんですか?」

「ええまぁ、星全体を見渡す事さえ可能な巨大樹であった本体と違って、小さな体の私が影響を与えられる植物はせいぜい周囲数キロと言ったところですけどね。それにほとんど動かずに立っていただけの本体と違って、人間を模して産み出された私は体を動かすために思考したり感覚器官から受け取る情報が多かったりと、処理しなければならない情報量が木の姿よりも圧倒的に多いので、他の植物との感覚共有リンクをするには動きを止めて集中する必要があります。要するに人間の様に活動しながら、同時に植物と感覚共有リンクはできないのです。」

「そうなんですか?便利そうだと思いましたが、あなた自身は無防備になってしまうなら使いどころが難しそうですね。」

 クリムは戦闘状態を想定してスフィーの能力の利便性を考えていたので、そのような結論に至ったのだった。

「そうですか?別に困る事は無いと思いますけど。」

 一方スフィーは戦闘行為を伴う活動を意識していなかったので、いまいちクリムの言葉にピンと来ていなかった。

「お姉ちゃん。さっきの闘技大会の話なんだけど、大会っていつあるのかな?」

 互いに相手の発言の意図が読めず疑問符を頭に浮かべていた2人だったが、そこにアクアが割り込んできたのでクリムはスフィーとの会話を中断した。

 尻切れトンボに話が終わってしまった感は否めなかったが、スフィーは気を取り直して初めての食事に集中するのだった。

♦♦♦用語解説♦♦♦

感覚共有リンク

 生命樹スフィロートが持つ能力の1つ。他の植物の感覚器官を間借りして、植物のある所ならどこでも覗き見る事ができる、情報収集に優れた能力だ。地中深くに張り巡らせた木の根から微細な魔力の糸を伸ばし植物と接続する工程が必要なため、魔力を封じる結界が張られていたり、大地から離れて空中に浮かんでいる様な場所には目が届かない。

 スフィーは大地に根を張っていないが、人型の身体から直接魔力の糸を伸ばして他の植物と接続する事ができる。背中から根っこを出す事ができるので、頑張ればより広範囲に影響を及ぼす事も可能だが、視覚的に何かしているのが周囲にバレてしまうので諜報用としては実用性が低い。


 スフィロートは成育に適した星を探して宇宙を旅する種族の一員だが、星に根を下ろす際には侵略的な方法は好まず、現地に住む原生生物と良好な関係を築く事を望んでいた。

♦♦♦解説終わり♦♦♦


 クリムはアクアの方へと向き直り改めて話始めた。

「えっと、たしか闘技祭グラフェスでしたか。私というかエコールの記憶にはない闘技大会ですね。エコールは祭り好きでそう言ったイベントには目が無く、積極的に参加していましたし情報集めも欠かさなかったので、私が知らないと言う事はエコールの生きていた時代にはなかった大会でしょう。なので残念ながら私にも詳しい事は分からないですね。」

「そっかー。」

 アクアは闘技大会の事が気になって食事に手がつかない様子だった。とは言え強力なドラゴンであるアクアはクリムゾンやクリムと同様に食事によって栄養補給する必要性が無く、食べるのは娯楽の範疇でしかないので何も食べなくとも問題ないが。

「サテラは大会の事を知っているようでしたが、開催日を知っていますか?それと参加条件なんかはありますか?」

 サテラはのんびりとマイペースに料理を選び今まさに口に運ぼうとしていた所だったが、クリムに問いかけられたので料理を一旦置いて質問に答えた。

「申し訳ないですが開催日までは把握していませんね。でも闘技祭グラフェスは毎年2回の定期開催ですから、この時期にあるのは間違いないですよ。それと参加条件は特にないはずですよ。私も以前出場したことが有りますが、当日の飛び入り参加も可能なくらい緩い登録条件でしたね。ドラゴンが参加したという話は聞いたことがないですが、どうなんですかセイランさん?」

 セイランは会話に加わっていなかったがそれとなく話は聞こえていたので、サテラに声を掛けられるとすぐに反応した。

「うん?私は直接的に大会に関わってないから詳細なルールは知らないよ。一応アラヌイ商会が仕出しや会場の設営で関わってはいるけど、大会運営は別組織が行っているからね。それよりあなた、どうして闘技祭の事を知っているのかと思ったら出場した事があったからだったのね。」

「ええ、実は旅に出てすぐの頃一度だけ。聖女エコールは各地で闘技大会を荒らしまわっていたという逸話がありますから、私も彼女に倣って大会に出てみた次第です。」

 サテラはなぜかばつが悪そうに答えた。


 クリムが持つエコールの記憶によれば別に大会を荒らしまわっていた覚えはないのだが、おそらく当時世界最強の人間であったエコールは多くの大会で無双していたので、彼女の意図はともかくとして事実として大会は荒れていたのだ。


「でもおかしいわね。商会が関わっている都合で優勝者の名前くらいは私の耳にも入るはずだけど、サテラが優勝したなんて話聞いたかしら?」

 セイランはうーんと唸って記憶を思い起こしている。

「いやー、実は決勝までは勝ち進んだのですが、恥ずかしながら優勝は逃してしまったんですよね。」

 サテラは頬を掻きながら小声で報告した。大会参加の旨を話す際にばつが悪そうだったのは、敗北した事実をセイランに知られたくなかったからだったのだ。

 それを聞いたセイランは和やかな雰囲気から一転して少し険しい表情を浮かべた。

「なんだって?サテラちょっとそこに直りなさい。」

「あっはい。」

 セイランの変貌を予測していたようで、サテラは素早く背筋を伸ばして座り直した。

「あなたはグラニアに仕える龍の巫女だし人類の味方という立場でもあるから、ドラゴン側の存在である私から何か意見するつもりはなかったのだけれど、そこらの人間に敗北を喫するようだと少し困るわね。龍の巫女は人類とドラゴンの間に立ち、その境界を支える役割を担っているのだから、力がすべてとは言わないまでも必要最低限の素養が必要なのは分かるわよね?」

「はい・・・。」

 セイランが言う通り龍の巫女が担う責任は案外重い物である。そのゆえもあってサテラはかつて軽い気持ちで参加した大会で負けた事に少なからず負い目を感じていたのだ。またクリムとの出会いを通して自身の現状を省み鍛え直そうと思い立ったばかりであったので、セイランの指摘は痛い所に突き刺さったのだ。

「よし分かった。あなたが不甲斐ないと人類とドラゴンとの共生関係に影響が出かねないし、グラニアには悪いけど私が鍛え直してあげるわ。それと今回の闘技祭グラフェスに出なさい。当然だけど目標は優勝ね。」

「え!?大会にはアクアさんも参加するつもりなんですよね?」

「うん私も出るよ。どこからでもかかってこい。」

 アクアは両手を上げてサテラを威嚇した。アクアはサテラを強者とは認識していなかったので、自身に比する強敵との戦いを望む彼女のこだわりからするとサテラは対戦相手としては不適と言わざるを得ないのだが、セイランの雰囲気に流されてなんとなく威嚇したのだ。

「アクアさんは魔力の感じからしてクリムさんと同程度の力を持っていますよね?ちょうど鍛え直そうとは思っていた所なので提案はありがたいですが、優勝は無理ですよ。」

「そうだぞ無理だぞ。」

 アクアはセイランとサテラの関係性や龍の巫女の事情など、難しい事は分からなかったので適当にオウム返ししているだけだ。


「ところで、そもそもアクアは大会に参加できるのでしょうか?」

 クリムはセイランとサテラの事情に口を出すつもりはなかったのでその点には触れず、再度大会参加条件に関する疑問を投げかけた。

 セイランにとってサテラは姪っ子同然であるため、老婆心ながらついつい彼女へのアドバイスに熱が入ってしまったが、コホンと1つ咳払いをしてクリムの方へ向き直った。

「ちょっと話が逸れちゃったわね。アクアが大会に出られるかって話だけど、たぶん大丈夫じゃないかな。あくまで人間が開く闘技大会だからドラゴン形態での参加は認められないと思うけど、龍人ドラゴニュート形態なら問題ないと思うわ。アクアは見た目小さな子供だし、それに相手が強いからと言って恐れをなして逃げ出すような武芸者は居ないでしょう。」

 セイランは先述の通り大会の詳しい運営状況までは知らないが、人間社会の常識や龍人ドラゴニュートの認知度を考慮した上で彼女の見解を述べた。

「なるほど。たしかに勝てそうだから戦う、勝てそうもないから逃げるなんて考え方の人はわざわざ武闘大会に出てこないでしょうね。よかったですねアクア、どうやら参加できそうですよ。」

「うん、楽しみ。」

「でも人間の大会ですから過度な期待はしない方がいいですよ。あなたが満足できるほど強い相手がいるとは思えませんからね。」

 クリムの予想通りであればアクアはきっとがっかりしてしまうので、期待と現実の落差を減らすために予防線を張ったのだ。

「ならお姉ちゃんも大会に出てよ。どの道戦ってくれる約束もしてたし、ちょうどいいよね。」

「うーん・・・そうですねぇ。クリムゾンへの挑戦者を探すに当たって直接手合わせするのが力を見極めるには一番ですし悪くない案ではありますね。しかし目立つのは避けたいところですし悩みますね。」

「それならお母さんも大会に出ればお姉ちゃんと私だけが目立たないんじゃない?」

 アクアは名案を閃いたとばかりに喜び勇んで母に声を掛けた。

「ぼくはどっちでもいいよ。」

 クリムゾンは慣れない手つきでモソモソと食事していたが、その手を止める事なく気のない返事をした。

「いえいえ、クリムゾンが目立つのが一番まずいんですよアクア。それにクリムゾンは眷属である私達とは本気で戦えませんから、仮に大会で私達とかち合った場合どちらかが勝負を譲る事になります。それでは真面目に参加している他の方達に失礼ですよ。」

「そっかー。」

 アクアは提案を真っ向から却下されたのでしゅんと肩を落とした。

「もう仕方ないですね。私は参加するとしましょう。」

 妹の悲しげな顔を見て忍びない気持ちになったクリムは、彼女が最初に提示した自分への大会出場要請に応え機嫌を直そうとしたのだ。

「やったー!」

 姉の思惑通り妹はすぐに笑顔を取り戻した。

「やれやれ、少し甘やかし過ぎですかね。」

 クリムは結局アクアの要望をなんでも聞いてしまっていると気づき、このまま甘やかしていると彼女がわがままな性格に育ってしまうのではないかと心配した。そしてかわいい妹だからこそ時には厳しく接するべきだと思い直したのだった。

「ところでアクア、今朝拠点で放った海皇波みたいな広範囲に被害が及ぶ技は大会で使ってはいけませんよ。危ないですからね。」

「分かった。」

「それと最初から本気を出してはいけません。ドラゴンが少し小突いただけでも人間には致命傷になりかねないですから、相手の強さを見極めて必要最低限の力で倒す事を心がけてください。」

「えー?本気出しちゃダメなの?」

「闘技大会はあくまで行楽行事ですから、生き死にを賭けた戦いの場ではないのです。細かいルールは大会主催者の裁定次第ですが、私が知る限り意図的な殺害は御法度です。その認識で間違いないですかサテラ?」

「はい。殺人は国によらず国際的に違法ですから、当然闘技大会のルールにおいても同様ですよ。」

 クリムが知っているのは6200年前の法律であるが、人が人を殺してはいけないという類の禁忌は人類が文明社会を持つに至る以前から存在する絶対的な真理だ。

「人間の世界の法律はドラゴンである我々には適応されないのですが、人間社会にこちらから踏み入る以上は彼らの流儀に従うのが筋というものです。」

「うん分かった。」

 アクアはビシッと元気に右手を上げて注意事項を理解し了承した旨を表明した。

「よろしい。アクアはいい子ですね。よしよし。」

 クリムはそんな素直なアクアの頭を撫でて褒めるのだった。

 妹を甘やかし過ぎないとついさっき決めたばかりにも拘らず早速あまあまな対応を取ってしまうクリムだったが、言うは易し行うは難しという言葉がある様に、決心するだけなら簡単だがそれとは裏腹に行動に移すのは難しい事なのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る