第79話 セイランの依頼

 クリムゾン陣営の5人とセイラン、そしてサテラは朝食を取るためにレストランハーレ・アイナを訪れていた。早朝のため店内は貸し切り状態であったため、昨日昼食を取った時と同様に海を見渡せる窓際の特等席を陣取り、セイランは店員を呼ぶと適当に料理を選び注文を済ませた。朝食はセイランが奢ってくれることになったので注文も彼女に一任されたのだ。

「もう頼んじゃったけど、あなた達食べられない物ってある?」

「いえ、大丈夫ですよ。ドラゴンである私達は当然として、シュリはアルコールが少々苦手ですが食べ物に関してはなんでも食べられる生態ですし、スフィーも人間が食べられる物であれば大丈夫らしいので。」

 クリムが応えた。

「そう。それならよかった。」


 料理を待つ間暇なので、セイランは海岸で中断された話の続きを始めた。

「さて、さっきの話の続きをしようか。」

「そうですね。私もいくつか聞きたいことが有りますが、ご馳走になるわけですしそちらの要件からお先にどうぞ。」

「それなら早速だけど私からの頼み事について話そうか。さっきも言ったけど引き受けるかどうかに関わらずここの支払いは私が持つけど嫌なら断ってくれていいよ。」

 セイランは再度念押しした。

「ええ、そこは別に遠慮しないのでご心配なく。」

 現状クリムゾン陣営には資金が潤沢にあるわけではないが、食うに困る程困窮もしていないので、ご馳走になる事に感謝こそすれど恩義に感じるほどの事ではなかった。

「よろしい。あなた達に頼みたい事って言うのは、ヤパ共和国行きの交易船の護衛依頼よ。私が受けた依頼でサテラにも同行してもらう事になってるけど、あなた達も一緒に来てもらう形になるね。」

「その交易船というのは一隻ですか?」

「そうだね。」

 クリムが質問し、これにセイランが答えた。

「であれば護衛はあなた1人で十分だと思いますけど、なぜ私達に依頼を?」

「セイランさんは龍人ドラゴニュート形態の時は四大龍であることを隠して活動しているので、人間達にあまり力を使うところを見られたくないそうです。だから私も同行する様に誘われたんですよ。」

 クリムの問いに今度はサテラが答えた。

「なるほど。しかしそれにしたってサテラが居れば十分だと思いますし、私達に依頼する理由が見えてきませんね。」

 クリムは別に依頼を断る理由もないのだが、単純にセイランがその依頼をする必要性を感じなかったので疑問を呈したのだった。

 クリムの疑問はもっともだったので、セイランは少し考えこんでから答えた。

「本音を言ってしまうけど、私としてはあなた達をこのまま放っておくのが心配なのよね。あなた達を疑っているわけではないけど、強大な魔力を持つあなた達がただ動き回るだけでも人間社会に多大な混乱を招くのは目に見えてるからね。そういうわけでしばらく同行して、ちょっときつい言い方をするけどあなた達が問題を起こさないか監視しつつ、問題のある行動が有れば指摘しようと思ったのよ。お節介だと思うかもしれないけど、私としてもドラゴンが人間社会で問題を起こすと困るのよね。特に四大国では青龍会が商業を中心に人間社会での勢力圏を広げている事を好ましく思ってないから、ドラゴンに対する当たりが厳しいの。私は人間と衝突を起こすつもりはないから、ドラゴンへの不信感が高まるような事をされるとちょっと困っちゃうのよね。支配階級の人間にとってはドラゴンは一括りに見ているから、青龍会の関係者かどうかなんて関係ないからね。」

「そう言う事でしたか。私もちょうど目立たずに行動する必要があると思っていたので利害は一致しますね。まずは四大国に行こうと思ったのも単純に人が多いからという理由でしたし、ドラゴンが好ましく思われていないのなら固執する理由はないです。情報収集のために向かうつもりなのに、端から嫌われているのでは話にならないですからね。」

 クリムはセイランの本心を聞いて依頼の意図に納得した。そして仲間達と意思を共有するため、口に出して情報を整理したのだった。

「つまり依頼を受けてくれるって事でいいのかな?」

 クリムの言葉は半ば依頼の受領を思わせるものだったが、セイランは改めて意思確認をした。

「その前に確認しておきたいのですが、ヤパ共和国とはどんな国ですか?この町からは遠いですか?」

「ヤパは船で半日程度で着く距離だよ。正午に出発予定で到着は夕暮れくらいかな。どんな国かと言われるとそうだね・・・・・・亜人種が結構多い国だね。それと魔導機の開発が盛んで、青龍会が店舗に卸してるキャッシュレス決済用の魔導機なんかはヤパで作られてるし、IDカードもヤパで生産されてるね。」

 セイランはテーブル上にある魔導機とクリムが装着している腕輪を指さし、さらに続けた。

「そんなわけで共和国と青龍会との関係は良好と言えるね。商売の取引相手だからって理由もあるけど、ヤパが比較的新興国家で国家元首を選挙で決めてる国なのも一因かな。世襲制の王国だとどうしても保守的になってよそ者を忌避する傾向があるからね。まぁそれぞれ長所短所有るから、どちらがいいとは言えないし私が口を出す事でもないけどね。」

「ふむふむ、魔導機には個人的に興味がありますね。エコールの生きていた時代にはあまり重宝されていませんでしたが、現代の魔導機はかなり便利な様ですし。私にも作れるのでしょうか?」

 クリムは魔導機が思いのほか高性能であると感じていたので、拠点を迷宮化した際に利用できないかと考えたのだ。それはもちろんクリゾン陣営の仲間達が使うための物ではなく、迷宮を探索する挑戦者達のサポートをするための装置としての用途である。クリム達は大抵のことは魔法でできてしまうので魔導機の利便性を享受しにくいのだ。

「魔導機に興味があるのかい?それなら知り合いを紹介しようか?私もたまに開発に協力してるから分かるけど、魔導機の機構ハード部分は作るのに熟練を要するから難しいだろうね。ただ魔導機を起動した際の魔法効果を構成する作業はやり方を習えばできるだろう。魔導機に付加できる魔法効果は作業者が使える魔法に準じるから、魔法が得意ならその分強力な効果の魔導機を作れるわけだね。」

「ほうほう、なんだか楽しそうですね。まあやってみない事には分からないですが。」

 クリムはここまでの話だけでもセイランの提案に魅力を感じていたのだが、肝心の彼女の目的は果たせるか否か聞くことにした。クリムの目的とはすなわちクリムゾンへの挑戦者探しである。

「ところでヤパには強い人はいますか?土地に縛られる様な職業に就いておらず、長期の旅が可能な人であればなお良いのですが。」

 セイランはクリムの質問がクリムゾンへの挑戦者を探す意図を持った物であると即座に理解したので、ヤパに住む知り合い達に思いを巡らせた。

「うーん、そうだね。ヤパは最低限の国防軍は備えてるけど、軍隊はそれほど強くはないし国の有事以外では国外に出る事はないだろうね。それ以外の実力者となると、魔導機開発を行ってる技術者達の中にはそれなりに魔法が得意な者が多いけど、お世辞にも彼らは戦闘向きとは言えないね。」

「そうですか・・・。」

 クリムはセイランの依頼を前向きに検討していたが、肝心の主目的が果たせないとなると二の足を踏むのだった。当初の考えとしては情報収集が先決で、ついでに本来の目的も果たせるようなら果たすくらいのつもりであったが、出発前から目的を果たせない事が確定してしまうのは気乗りしない事態だったのだ。

 そんなクリムの様子に気付いたセイランは、彼女が依頼の受領を決断するに足る何か別の好材料が無いかと思案したが、すぐに妙案は思いつかなかった。


 2人がうんうんと悩んでいると、サテラが何か思い出した様で人差し指をピンと立てた。

「そろそろ世界闘技大祭グラディアルフェストが開かれる時期ですが、たしか次の開催地はヤパ共和国でしたよ。闘技祭グラフェスには各国から腕に覚えのある者が集まりますから、クリムさんの挑戦者探しに役立つんじゃないですか?」

闘技祭グラフェスか。言われてみればもうすぐ開催時期ですね。開催地までは把握していませんでしたが、そうかヤパでしたか。」

 強大な力を持つセイランにとって人間達の武道大会は然程興味のないイベントだったため詳細は知らなかったものの、イベントに際してアラヌイ商会が会場設営や飲食物の販売等を担っているため、イベント運営の進捗はアラヌイ商会の実質的首魁であるセイランの耳にも入っていた。そしておぼろげながら頭の片隅に記憶していたのだ。

 サテラとセイランの話を聞いたアクアはにわかに色めきだって声を上げた。

「闘技大会なら私も出たい!」

「あら、そうですか?まぁアクアが行きたいと言うなら行きましょうか、ヤパ共和国。」

「えーっと、つまり私の依頼を受けてくれるって事でいいのかな?」

 セイランは再度確認した。

「そうですね。たしか名目上は船舶護衛の依頼でしたか、謹んでお受けしますのでよろしくお願いしますねセイラン。」

「うん、こちらこそよろしく頼むよ。」

 こうしてクリムはアクアの後押しもあり、セイランの依頼を受ける事に決めたのだった。クリム自身は気づいていないが、彼女は妹であるアクアを極端に溺愛しているため、その要望はできる限り叶えようとしてしまうのだった。

「ところで依頼内容の詳細を話していなかったけど、護衛の報酬は相場なりに払うし、実際に船が襲撃を受けて対応してもらうようなことが有れば、出来高に応じて追加の報奨も出すからその時はよろしく。サテラもいるからあなた達の手を借りる事はないかもしれないけどね。」

「そうですね。何かあったらまずは私が対処するので、クリムさん達はのんびり船旅を楽しんでください。」

 サテラは実戦を通して鍛え直すつもりだったのでやる気に満ちていた。しかしその言葉は彼女1人では対処できない問題が発生するフラグの様に感じるクリムだった。

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