第76話 クリムゾン陣営とセイランの邂逅

 セイランとサテラが港町シリカの宿に泊まった翌日の早朝。日が昇るよりずっと早くに目覚めたセイランは、宿を抜け出し散歩がてら町中を見回っていた。

 現在商船の運航が休止している関係で船乗り達はそのほとんどが休日であるので、平時であれば早朝でも慌ただしく動き回っている彼らだが、たまの休日くらいはぐっすり眠っているのだ。そのせいもあって、早朝のシリカはまるで町全体が眠っているような静けさに包まれていた。

 町中には昨晩酔い潰れていた船乗りが数人転がっていたものの、ただ眠っているだけで特に問題は無さそうだったので放置し、セイランは町を抜けて波止場へと向かった。


 波止場は町中の静けさとは一転し、数名の船乗り達がテキパキと荷運びしていた。それはセイランが護衛を請け負ったヤパ共和国行きの商船であり、出航予定が早まったため早朝から急ピッチで準備しているのだった。セイランは遠巻きに作業を眺めていたが、眠そうな顔で作業をしている少年の船乗りが通りかかったため声を掛けた。

「おはよう。朝から精が出るね。」

「おわっと!おはようございます。」

 急に話し掛けられた少年は驚き、眠い目をこすりながらセイランに応えた。

 アラヌイ商会の所属である船乗り達にとって、タニマチ(スポンサー)である青龍会の構成員は上司の様な存在である。そのため少年は少し畏まっていた。

「ずいぶん眠たそうだけど大丈夫かい?」

「あっはい、大丈夫です。昨日は津波の後処理で忙しかったので、少し疲れていますけど問題ないです。」

「オーバーワークはよくないよ。疲労はミスを招くからね。体調管理も仕事の内だし、頑張るのはいいけど無理しちゃいけないよ。」

「すいません。今日は休みの予定だったので少し張り切り過ぎてしまったかもしれません。」

「ああ、そうか。」

 セイランは少年がペース配分を誤った無理な仕事をして疲労を溜め込んでいる物と思っていたが、急な予定変更で目算が狂っただけで彼に非はないと気付いた。休日に響くような働き方の可否についてはまた別途議論の余地があるが、経営サイドから私生活にまで口を出す事はできないし、労働者個人の裁量にゆだねられる部分だろう。

「事情は分かったけど疲れたままで仕事をするのはよくないね。君さえよければ疲労を回復してあげようか?」

「そんなことできるんですか?」

「魔法でちょちょいとね。平時より新陳代謝を高めて一時的に活性化する荒業だから少し身体に負担がかかってしまうけどね。ご飯をたくさん食べて今晩ぐっすり眠れば問題ないくらいの副作用があるけど、どうする?それでも使うかい?」

 セイランが本気で魔法を使えば身体に負荷を掛けず疲労回復させる事も可能だ。しかしセイランの定めた青龍会の活動指針として、必要以上に人間を手助けするのは控えるというものがあり、その辺の事情に配慮してあえて人間にも発動可能な程度の、低レベルで副作用付きの魔法による回復を提案したのだった。人間を必要以上に助けないという指針は、努力すれば独力で解決できる問題をドラゴンの力で解決してしまうと、彼らの成長の余地を奪う事になるからだ。

「そのくらいの副作用ならぜひお願いします。」

「少しは躊躇して欲しい所だけど若いせいか恐れ知らずだね少年。まぁいいか。それじゃ魔法を掛けるよ。ちょっと動かないでね。」

「はい。」

 セイランが魔法を発動しようと少年に手をかざしたその時、突如少年の身体を淡い光が包み込んだ。そして眠そうな顔をしていた少年はみるみる活力を取り戻し元気いっぱいになった。さらにセイランが周囲を見渡すと荷運び作業に当たっていた他の船乗り達も同様に活力に満ち溢れ、先ほどよりも元気に作業を進めていた。

「おおすごい!眠気が吹き飛びました!ありがとうございます。」

「ん?ああ、そうね。あまり無理しないようにね。」

 セイランはまだ何もしていなかったが、今しがた起きた現象を少年に説明しても仕方が無いと思い適当に誤魔化した。

 少年はセイランに一礼すると作業に戻っていった。


 突如発生した謎の現象だが、セイランにはその現象に見覚えがあった。それはセイランがクチナシと共にクリムゾンと始めて出会ったときの出来事である。海上に浮かぶクリムゾンを発見したクチナシが上空から急降下した事によって衝撃波を発生させ、意図せず海鳥を傷つけてしまった際に起きた現象と酷似していたのだ。その時は海鳥が急に光に包まれて勝手に復活したのだが、今回人間達に起きた現象はまさしく同じ物だとセイランは確信していた。なぜなら少年達が謎の光に包まれたのと同時に、クリムゾンの魔力が出現したのを感知していたからである。

 さらにセイランはクリムゾンの魔力の発生源を魔導反響定位法マジカル☆エコーロケーションによって追跡し、昨日サテラが海岸に現れた時と同じ異常な魔力反応と、複数の巨大な魔力を持った何者かが、やはり同じ海岸に出現した事を感知した。そしてクリムゾンの魔力をたしかに感じたのに魔力の発生源に巨龍の姿が無い事に違和感を覚えた。しかし巨大な魔力を持った人型生物が複数存在し、かつ密集していたため、魔力感知だけでその詳細を推し量ることは難しく、直接の調査が必要であると考えたのだった。

 セイランにはクリムゾンが何を考えてこの町に現れたのかまでは分からなかったが、他の複数の魔力反応の存在も気になったのでとりあえず現地に向かう事にした。


―――一方その頃、クリムゾン陣営。

 海岸にはクリムの転移魔法次元連結橋ワームホールを使って移動してきた一行が集まっていた。

 クリムはセイランがこちら側を探知するために発した魔力の波動に気付いていたが、細かい事を気にしないクリムゾンを始めクリム以外の他の者達は意に介しておらず呑気に雑談していた。クリムはサテラ以外で転移魔法に感づく者はこの町には居ないと考えて魔法を使用したので、反応される事自体が想定外ではあったが、その魔力からは特に敵意は感じなかった。転移する前に念のために魔力を隠しておくべきだったかとクリムは反省したが、今になって魔力を消せば余計に怪しまれると思ったのでそのまま対応する事にしたのだった。


 間もなくしてセイランが海岸に飛んできた。そして海岸に集まる5人の少女を発見すると、その様子を空中からしばし眺めていた。シュリを除いた4人の少女達が発している強大な魔力反応を直接目視で確認したセイランは、その内の1人からクリムゾンの魔力を感じ取り、その少女がクリムゾンの龍人ドラゴニュート形態であると推定した。巨龍であるはずのクリムゾンの姿が確認できなかった理由が分かったので、彼女は続けて少女達の容姿を1人ずつ細かく観察していった。そしてその中に調査目標であるクリムの姿を確認したので、未確認情報が多い現状では少々リスクを感じていたものの接触を試みるために静かに地上に降り立った。

 セイランはクリムゾンとは面識があるが、龍人ドラゴニュート形態で会うのはお互い初めてであるし、それに加えてセイランは魔法石によって自身の魔力を弱く擬装しているので、彼女達と接触するにあたりまずは自身の正体を明かす事にした。もちろん人間が相手ならセイランは四大龍であるという正体を隠したまま話しかけるのだが、クリムゾンとその仲間達は見るからに人外であり、またその内包する魔力も到底人類の到達しうる領域を越えていたので、端から同族であると判断したうえでの対応である。なおシュリとスフィーはドラゴン種ではないのだが、5人の中でも特に飛びぬけて強力な魔力を持っているクリムゾンと眷属であるクリム、アクアの姉妹はドラゴン種で間違いないし、シュリも半分だがドラゴンの血が混ざっているので見当違いというわけでもない。


「ごきげんようクリムゾン。龍人形態になっているので分からないかもしれないけれど、私は昨日会ったセイランです。」

 セイランは魔力を擬装するために差しているかんざしを抜き取りながら、クリムゾンと思しき少女に挨拶した。

「うん?誰だっけ?」

 一方クリムゾンはセイランの事をまったく覚えていないのだった。

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