第60話 クリムゾン陣営作戦会議

 新たな仲間として樹人間アーブレヒューマのスフィーを加え4人になったクリム達は、怪植物の出現によって一度は中断された今後の予定を改めて話し合う事にしたのだった。


「さて早速ですが、私達が今後どのように活動するか決めましょうか。まだ不十分ですが情報収集もできましたので、引き続き情報収集は続けつつも作戦目標のアップデートが必要です。」

 クリムゾン陣営の頭脳であるクリムが議題を切り出した。

「おー!それで何するんすか?というか俺達はなんの集まりなんすか?」

 シュリはその場の勢いだけで歓声を上げたが、状況をまるで飲み込めていなかった。

「シュリには話した気がするのですがまぁいいでしょう。新たにスフィーも加わった事ですし、今一度私達の目的を確認しておきますか。」

「そうっすね。頼むっす姉御。」

「よろしくお願いします。」

 クリムは2人の返事を聞いてから話を続けた。

「分かりました。とは言ってもそう難しい事ではないですが、私達の・・・正確にはクリムゾンの目的というか願いになりますが、それはクリムゾンと戦ってくれる相手を探す事です。」

「そうだよ。」

 クリムゾンは膝を抱えてフワフワと浮かびながら、リラックスした様子で同意した。彼女は龍人ドラゴニュート形態で身体を動かす事にはすでに慣れていたが、ドラゴン形態の時の癖が抜けきっておらず、丸まって浮かんでいる方が楽なのだった。

「どうして旦那は戦いたいんすか?」

 シュリがシンプルな疑問をぶつけた。

「戦うのが好きだからだよ。」

 そしてクリムゾンも同様にシンプルに回答した。

「うんうん、え?終わりっすか?」

「そうだよ。」

 クリムゾンは単純に質問に対して回答したのだが、クリムゾンの過去を知らないシュリとスフィーには、それだけでは戦う相手を探す理由の説明にはなっていないのだった。

 クリムは困惑する2人にクリムゾンが過去に起こした事件について話し、今は同じ轍を踏まない様に大人しくしている事を伝えた。

「というわけで、私達はクリムゾンの強さを秘匿し、誰も戦ってくれなくなった過去の失敗を繰り返さない様に気を付けつつ、その上でやる気と実力を兼ね備えた挑戦者を探すのが目的になりますね。四大龍のシゴクが自分からやる気になってくれたので、とりあえず1人は見つけた事になりますが、クリムゾンにとっては挑戦者が多ければ多いほど良いですから私達の方からも積極的に探していきます。」

「なるほど。完全に理解したっす。」

 シュリは難しい話は流して聞いていたが、大体把握したと思ったので適当に返事をした。

「他の目的もなくただただ戦いたいという願望は正直私には理解しがたいですが、話は分かりました。私の目的は人間達と友好関係を築くことですので、彼らを痛めつける様な行為に加担するのは気が引けますが、彼らがクリムゾンとの戦いを自ら望むのであればそれを止めるつもりはありませんし、あなた達に協力するのもやぶさかではないです。」

 いい加減なシュリとは対照的に、スフィーはしっかり話を聞いたうえで協力を約束した。

「ええ、それで結構です。私の目論見としては挑戦者達を過度に叩きのめすのは避けて、戦った後は気分よく帰ってもらい、できれば再挑戦を促したいですからね。」

 クリムはまだクリムゾンにも話していなかった作戦方針を告げた。


「そんなわけでクリムゾン、あなたに1つお願いをしておきます。」

「なに?」

 難しい話はすっかり上の空で聞き流していたクリムゾンは、相変わらずフワフワと浮遊したままでクリムの言葉に耳を傾けた。

「誰もがあなたの様に延々と戦い続ける事を望むわけではないですし、相手のやる気が完全に萎えて戦意喪失するまで戦い続けるのは今後やめてくださいね。やり過ぎなければ一度戦った相手でも再戦してくれるかもしれませんし、あなたにとっても悪い話ではないはずですよ。」

「ふーん?よくわかんないけどわかったよ。ぼくは好きに戦うから、戦いを止める加減はクリムに任せるよ。」

「ええ、それで構いません。」

 クリムゾンはシゴクから再戦を申し込まれた感動の余韻がまだ残っていたので、クリムの言い分にあっさりと同意したのだった。


 一同が目的意識の共有を果たしたところで一旦話を区切り、実際どのように行動するかに話は移行した。

「次の議題は今後の予定についてですが、何から手を付けますかね。私はとりあえず四大国のいずれかへ赴きさらなる情報収集を行うつもりですが、全員で一緒に向かいますか?クリムゾンには深海で見かけたという財宝の確保と武器等の製造をお願いしていましたが、あの後すぐに四大龍キナリとシゴクの来訪がありましたので、まだ済んでいませんよね?」

「うん。まだ何もしてないね。」

「ですよね。まぁ財宝の確保や武器の製造はいつでもすぐにできるので後回しでいいでしょう。人間の挑戦者を募る際にドラゴンが隠し持つ財宝を餌にしようと考えての計画でしたが、最悪挑戦者を見つけてから確保してもいいですから。」

「そっかー。」

 クリムゾンは何も考えていない顔で空返事した。

「次にシュリをクリムゾンと戦えるくらいまで鍛えるという話についてですが。」

「ああ、そういう話だったっすね。すっかり忘れてたっす。」

「あなたやはり人の話をあまり聞いてないですよね。」

「そんな事ないっすよ。」

 シュリとは同じやり取りを何度も繰り返しているので、クリムはいい加減諦めていたが一応ツッコミを入れた。

「まぁいいです。シュリの鍛錬は旅をしながらでもできますし、その方が色々と課題も見つかるでしょうから並列してやるので問題なしです。」

「分かったっす。よろしく頼むっす姉御。」

「あなた本当に返事だけはいいですね。」

「それほどでもあるっすよ。」

「いえ、褒めてはいないですけどね。」

 ありがちなボケをかますシュリにテンプレ通りの返しをするクリムだった。


「冗談はこのくらいにして話をまとめますか。とりあえずは全員一緒に次の町へ向かうと言う事で決定ですね。何か意見はありますか?」

「それでいいよ。」

 クリムゾンが応えた。

「俺は姉御に付いていくっすよ。」

 シュリもそれに続いた。

「私もそれで大丈夫です。人間達の事は世界中の植物を通して見ていましたから、たぶん対応もできると思います。」

 スフィーは素っ裸でガッツポーズを取った。

「あなたが人間の何を見ていたのか知りませんが、まずは服を着た方がいいですね。私が先ほどまで着ていた深紅の服とシュリがサテラから貰った服が余っていますが、どちらもあなたにはサイズが合いませんね。深紅の服はスフィア教団とやらの問題があるのでできれば使いたくないですし。クリムゾンに新たに服を作ってもらいますか?」

「服というのはあなた達が身体を覆っている布の事ですね?それなら私は自前で用意しますよ。」

 スフィーはそう言うと落ち葉が降り積もっている上に横たわる、彼女が出てきたサヤエンドウの様な果実の外皮を拾い上げた。そして彼女が洗濯物のしわを伸ばすような動きで外皮を一度振ると、それはバラバラになり繊維質の緑の糸に変化した。さらに同じ要領でもう一度振ると、その糸は自らの意志で動いているかの如く編み上がり、一着の薄緑色の服へと変化した。次いで彼女はその服を着用したのだった。

「これでいいですか?」

 スフィーは腕を広げてくるりと回りながらクリムに問いかけた。

「ええ、問題ないですよ。それにしてもあなた不思議な技を使いますね。魔法ではないようですが。なんなんですかそれ?」

「今使った果実の皮は言わば私の体の一部ですから、ある程度自由に操れるんですよ。既に枯れ落ちた木の幹や落ち葉は動かせませんが、皮は先ほど脱ぎ捨てたばかりでまだ生きていましたからね。」

「なるほど。面白い能力ですね。他には何かできるんですか?」

「ええ、私は人間と友好関係を築くために産み出されたのは先述した通りですが、そのための能力を色々持っているのですよ。私はあくまでも分身体ですので、本体のスフィロートほどの力はありませんけどね。例えば人間達が食用にしている植物の栄養価を高めたり収穫量を増やしたり、劣悪な環境でも育つように品種改良したりできます。」

「それは人間達には喜ばれるでしょうけど、あなた物で釣って仲良くするつもりだったんですか。なんというか思ったより俗物的ですね。」

「種族間の良好な関係性はギブアンドテイクでのみ成り立つと思うのですが、他に方法があるんですか?」

「ギブアンドテイクとは言いますが、それであなたは何か得られるんですか?」

「人間達と友好関係を築ければ私は言う事ないですよ。」

「それでは一方的に与えているだけだと思うのですが、私も別の方法はすぐには思いつきませんし、あなたがそれでいいならいいですけど。」

「大丈夫です。問題ありません。」

 スフィーは話自体はちゃんと聞いているし、話をまともに聞かないシュリやクリムゾンよりは扱いやすいとクリムは思っていたのだが、彼女は彼女で人間とはかけ離れた精神性を持っており、1人で活動させるのは不安だと感じたのだった。


「作戦方針が決まったところで、次はどの国に行くのか決めたいところですが、正直情報が足りないですね。サテラに多少なりとも四大国の現状を聞いておくべきでした。各国の位置関係はクリムゾンの魔導反響定位法マジカル☆エコーロケーションによって把握して昔と変わっていない事は分かっていますが、どの国が攻めやすい、もとい調査しやすいかはわかりません。ひとまずシリカに向かってその辺の情報を収集し改めて目的地を決定しましょう。」

「うん、クリムに任せるよ。」

 クリムゾンはクリムの提案に同意し、他の2人も異論はなかったのでこれにて作戦会議は閉幕となった。


「シリカはもうすぐ夜になる頃合いですし、向かうのは明日にしましょう。人間達は昼行性ですから、夜間に町を訪れても仕方ないですからね。」

「それじゃあどうするの?」

 クリムゾンが問いかけた。

「その前に確認しておきますが、シュリとスフィーは睡眠が必要ですか?」

「俺は一切光の届かない深海に居たっすから、昼とか夜とか決まった時間ではないっすけど疲れたら寝るっすよ。」

「そうですか。スフィーはどうです?」

「私の身体構造は人間を模して造られているので、人間と同じく睡眠は必要なはずですね。」

「なるほど。2人は睡眠が必要なんですね。それなら今日はもう眠る事にして明朝シリカに向かいましょう。」

「了解っす。」

「私も異論はありませんが、その口ぶりから察するにもしかしてドラゴン種は睡眠が不要なんですか?」

「ええ、完全に不要というわけではないですし、まだ力を付ける前の小龍達はよく眠りますが、成長したドラゴンは一切眠らなくても数年程度なら活動できますね。」

「そうなんですか。半植物半動物の私とは違い、私の本体であるスフィロートは完全な植物ですからそもそも睡眠という概念が存在しませんが、普通の動物の様に見えるあなた方が睡眠をほとんど必要としないのは不思議な感じがしますね。」

 スフィーはドラゴンを知らなかったため、異様な生態を持つ生物の存在を訝しんだのだった。

「私から見ればあなたの存在の方がよほど不可思議ですが、まぁドラゴンはそういうものだと思ってください。」

「分かりました。」

 スフィーは怪訝そうな表情を見せていたが、ひとまず納得したのだった。


「それでは明日に備えて眠りましょうか。ちょうど落ち葉がベッドの様になっていますから、こちらを利用しましょう。でも4人で眠るには少し狭いでしょうか?」

「ぼくは浮いたまま眠るから気にしなくていいよ。」

 クリムゾンはそう言うと目を閉じてすぐに眠ってしまった。

「俺は水の中の方が落ち着くっすからそこの水たまりで寝るっすよ。」

 シュリは大空洞内にある地底湖に浸かりながら言った。

「そうですか。ではベッドは私とスフィーだけで使わせてもらいますね。スフィーもそれでいいですか?」

「はい大丈夫です。」

 全員の寝床が決まったところでクリムは葉ち葉のベッドに寝転がった。

「それではおやすみなさい。」

「おやすみっす。」

 クリムの挨拶に応えながらシュリはすっかり湖の中に沈んでしまった。

「おやすみなさい。」

 スフィーもクリムの隣に寝転がるとすぐに寝息を立て始めた。

 クリムは自分以外全員が眠ってしまったのを確認すると、キナリが設置した陽光球に対して魔法で作り出した真っ黒な雲をかけた。これにより照明を落としたように大空洞内は真っ暗になった。その後クリムもようやく眠りについたのだった。


 こうしてクリムが産まれてから1日目の活動は終わった。当初は世界情勢などが一切不明で多少の不安を抱えていたクリムだったが、ある程度の情報が集まり今後の予定も決まったので心置きなく眠ることができたのだった。

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