第59話 スフィー誕生の秘密とか

 突如現れた謎の木から産まれた少女スフィー。彼女は遥か昔、ドラゴンがまだこの世界に居なかった時代に存在したという生命樹スフィロートの分身だという。そして彼女が産み出された目的は、人間達に星喰いの魔樹として恐れられていたスフィロートに対する誤解を解き、人間に好意を示す事だった。

 なぜそんな彼女が今になって目覚めたのか、また彼女の本体たるスフィロートはもはや地上に存在しないのだが彼女は今後どうするのか、クリムは情報を整理する中で2つの疑問を抱いたので彼女に聞いてみる事にしたのだった。


「スフィーはとても長い間、恐らく種子の状態で眠っていたのだと思いますが、なぜ今になって急に芽吹いたんでしょう?何か心当たりはないですか?」

 スフィーはあごに手を添え首をかしげて考えたのちに口を開いた。

「この辺り土や空気の状態が、私の生育環境に適したものになったためだと思うです。」

「環境の変化が起きたと言う事ですか。」

「そうですね。私の木が生えていた場所に何かしませんでしたか?」

 スフィーは落ち葉の山が積み上がった大空洞の中心部を指さした。

 そこはクリムが卵から孵った時にちょうど居た辺りであり、またクリムゾンがクリムに服を作ってくれた際に、服の材料であるクリムゾンの龍鱗が粉となって積もっていた地点でもあった。しかしそこにあった卵殻や龍麟の粉は見当たらず、かといって誰も片付けてはいないはずなので、どうやら風化して土中に吸収されたようだった。

「卵の殻と龍麟の粉・・・これらはカルシウム化合物を主成分とし他に亜鉛やリンも含んでいますから、スフィーが育つための肥料になったと言う事でしょうか?」

「土壌の変化もですが、何か天候にも変化があったのではないですか?」

「天候ですか?先ほどクリムゾンとシゴクの戦いの中で雷雲が生じていましたが、その事でしょうか?ああ、それにクリムゾンが雷雲を切り裂いた際に飛び散った氷の粒は、溶けて土中に沁み込んでいたかもしれませんね。戦いの方に集中していたので、あまり気にしていませんでしたが。それからキナリが作り出したあの陽光球の影響もありそうですね。植物と言えば光合成に光が不可欠ですから。」

「なるほどです。それらはすべて植物の成長に必要なものです。雷乃発声かみなりすなわちこえをはっすと言いますし、落雷は植物が成長するのに必要と言われています。長い間休眠状態だった種子が電気刺激で活動を再開したのかもしれないです。また落雷は空気中の窒素を窒素酸化物に変えるとも言われていますが、それは植物に必須の栄養素です。水分と光ももちろん必須です。」

「地下は1年を通して気温や湿度と言った環境にほとんど変化がないはずですし、当然太陽の光も届きませんから、スフィーは種子として産み落とされたものの発芽条件と生育条件が満たされないまま長い時が過ぎたと言う事ですかね?」

「たぶんそうだと思うです。私の本体なら地上の光を地下まで送り込むことができたのですが、私を芽吹かせる前に何かが有って、結果私を残してどこかへ行ってしまったようですね。私は種子の状態であった時の記憶はないので、状況証拠からの推論ですが。」

「長い間眠っていたあなたが今になって芽吹いた理由は分かりましたが、あまりにも急激な成長をしていたのは解せませんね。人型生物を産み出している時点で普通ではないですが、見た目だけなら普通の木でしたのに。元々そう言う植物として産み出されたのでしょうか?」

 スフィーはクリムの言葉を聞いて再び首をかしげた。

「そんな事はないはずです。私の生育には通常の樹木と同様に数年を要します。」

「そうなんですか?あなたを産んだ木は何もなかった地面から急に生えてきて、私達が気づいたときには2m程の若木に成長していましたから、木が芽吹いてからあなたが産み落とされるまでに恐らく数分しかかかっていないですよ。」

「私はそんな促成栽培できるような品種改良は施されていないはずですから、何らかの外的要因があったかもですね。」

「外的要因ですか・・・。」

 クリムはスフィーが急速成長した理由を少し考えてみたが、すぐにある一つの要因に思い当たった。それはクリムゾンの魔力が持つ特性、周囲の生物に生命力を与え活性化する効果によるという仮説である。久しぶりの登場なので再度説明しておくが、この魔力の特性とはクリムゾンが編み出した魔法贄の饗宴カラミティフェストの効果である。瀕死の生物を即座に回復する程度は朝飯前で、それどころか死んだばかりの生物であれば容易に蘇生する超強力な効果を持っている。

 クリムはその生命力を与え活性化する効果が、生物の成長にも寄与するのではないかと考えたのだった。

「なるほど。あなたの急速成長の原因はたぶんクリムゾンの魔力の効果ですね。」

 クリムは細かい話は長くなるので端折って結論だけを述べた。

「おお、よく分かりませんがあなたには要因がわかったのですね。」

 当然スフィーはなんのことかわからなかったが、そこまで興味のある話でもなかったので軽く流した。


 スフィーが永い眠りから目覚めて現代に出現したのは、クリムゾン並びに四大龍であるキナリとシゴクという、三頭の強力なドラゴンの天変地異にも匹敵するその力が、偶然にも彼女の生育環境を満たしたために起きた事象であった。


 スフィーは話がひと段落したのでしばらく黙り込んで情報を整理していたが、何かに気付いたようではっとして口を開いた。

「ところでクリムゾンとはどなたですか?考えてみればあなた達の名前をまだ聞いていませんでした。」

「そう言われてみれば名乗っていませんでしたか。私の名前はクリムです。そしてこちらが母のクリムゾンで、もう1人はシュリですよ。」

 クリムは3人をまとめて紹介した。

「クリム、クリムゾン、シュリですね。あなた達の種族はドラゴンというそうですが、ドラゴンとはどのような種族なのですか?」

「ドラゴンである私が言うのもなんですが、ドラゴンは現存する生物の中では最強の種族ですね。基本的には巨大な種族ですから肉体的な強さはもちろんですが、魔法や魔力の扱いに関しても最高レベルと言っていいでしょう。」

「巨大な種族なのですか?あなた達は人間と変わらない様に見えますが。」

「私達はというか私は少し特殊なので別ですが、クリムゾンの本来の姿はドラゴンの中でも特別巨大ですよ。今は人型に変身しているのです。それとシュリはどうなんでしょう?やはり海老形態が本性なんですか?」

 クリムはシュリに問いかけた。

「俺の場合は旦那みたいに真の姿が有って変身してるのと違って、不可逆的な変態をしてる感じなんで、常に最新の姿が真の姿っすよ。」

「ああ、そうなんですか。というわけで、私達はちょっと標準的なドラゴンではないのですが、本来のドラゴンは巨大なトカゲに翼が生えたような種族ですよ。」

「おお、なんだか恐ろしい種族なのですねぇ。」

「まぁ恐ろしいと言えば恐ろしいですかね。ドラゴンである私にはわかりませんが。」

 スフィーは目の前の3人の姿から普通のドラゴンの姿を連想し、頭の中で細長いトカゲに多量の翼が生えた奇怪な生物を想像していたが、それは本来のドラゴンとは程遠い怪物の様な姿だった。

 クリムはドラゴンの姿を恐ろしいとは思っていなかったが、人間基準では強力で危険な生物であるのは間違っていなかったので、スフィーの言葉の意図とすれ違いながらも納得していた。

 

「スフィーはこれからどうするのですか?スフィロートに対する人間からの誤解を解くというあなたの目的は、当のスフィロートが存在しない以上誤解も何もないですよね?」

 クリムは再び黙りこんで情報を整理していたスフィーに質問した。

「おお、そうですね。私もその事を考えていました。スフィロートがどうなったのかは分かりませんが、私は当初の予定通り人間達と交流しようと思うです。」

「どうしてですか?もはやあなたが人間に固執する理由は無いように思えますが。あなたはスフィロートを切り倒そうとする人間達を止めるために誤解を解きたかったのですよね?」

「それは事実ですが、人間達を止めるためというのは少し語弊があるです。そもそも人間達の技術で超巨大樹であるスフィロートを切り倒すのは不可能でしたからね。」

「では別の理由があると?」

「そうです。まず前提として生命樹スフィロートはこの星で産まれた生物ではなくて、遥か宇宙のかなたからやってきた来訪者なのです。わざわざ宇宙を旅していた理由は生育環境に適した星を探すためで、そうして見つけたのがこの星というわけです。」

「そうだったんですか。でもそれと人間と交流する事に何の関係があるんですか?」

「私の種族は星に取り付き共存する事で繁栄していますから、原生生物と良好な関係を築くのは必須事項なのです。そして人間はスフィロートがこの星に来た時点でもっとも繁栄していた種族でしたから、彼らをこの星の代表者だと判断しスフィロートは自身の存在を彼らに容認してもらおうと考えたのです。」

「なるほど。ドラゴン種が脆弱な人間と共存する事に必然的な理由は無いですが、それでも彼らとは友好関係を築いていますし、その理論は分からないでもないですね。捕食者と被捕食者の様な生態的な敵対関係にないのなら、仲良くしていた方がお互い都合がいいですからね。」

 微妙に齟齬があったが、クリムはスフィーの言い分を理解した。

「まぁそんなところです。私個人として人間と友好関係を築きたいというのもありますが、いずれスフィロート本体あるいは同族が再びこの星に訪れる事があるかもしれませんから、先だって我々への理解を得ておきたいのです。」

「そう言う事でしたらスフィーも私達と一緒に行動しませんか?状況から察するにこの地下空間はあなたが住む為に整備された物の様ですから、私達があなたの棲み処に勝手に押し掛けた様な形になりますので、むしろあなたに許可を貰うべきかもしれませんね。というのも、人が寄り付かず他のドラゴン達の支配圏とも被っていないこの島は、今後私達が活動する拠点としては好立地なので引き続き利用したいと思っていたのです。」

「へーそうなのかー。」

 一応クリム達3人のリーダー格であるはずのクリムゾンだが、なぜか他人事の様に呟いた。彼女は考える事が苦手で作戦立案をクリムに一任しているので、自分ではあまり考えていないのだ。

 クリムの提案を受けてスフィーはしばし悩んだようだが、1分ほどの沈黙の後に話始めた。

「たしかにこの地下空間はスフィロートが作った物の様ですが、別に私が占有権を主張するつもりはありませんので、利用したいのであればご自由にお使いください。それとあなた達と共に行動するという話ですが、どうやらあなた達ドラゴン種も人間とは友好関係にあるようですので、彼らと一切交流のない私にとっては渡りに船ですね。せっかくの提案ですので、ありがたくお受けしたいと思います。」

「それはよかった。ではこれからよろしくお願いしますねスフィー。」

「はい、よろしくお願いします。」


 こうして新たな仲間を加えたクリムゾン一行は、今後の行動計画を話し合う事にしたのだった。

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