第52話 エビゴン改めシュリ・ドラグロブスター

 クリムゾンとシゴクの戦いはキナリの横槍によって水入りとなったが、クリムゾンの放ったかまいたちはキナリが防がなければ間違いなくシゴクに直撃していたので、双方とも勝負の決着には納得していた。

 そして戦闘が終わったためクリムゾンはリング状に変化させていた翼を元に戻し、シゴクは身に纏っていた雷雲を収めた。シゴクの雷雲が発する雷光によって大空洞内はある程度明るく照らされていたのだが、光源を失った事で再び真っ暗闇になった。

「悔しいけど私の負けだね。」

 シゴクは言葉とは裏腹に大して悔しそうではなかった。

「そうだね・・・。」

 シゴクとは対照的に勝利したクリムゾンはあからさまに気を落としていた。久しぶりの戦闘が思いのほかすぐに終わってしまい不完全燃焼気味だったのだ。


 臨戦態勢を解いたクリムゾンはいつの間にか帰ってきていた眷属の存在に気が付いた。

「おかえりクリム。いつ戻ったの?」

「ついさっきですよ。あなた達がちょうど戦闘を開始したくらいのタイミングですね。」

「そうなんだ。気付かなかった。」

 クリムゾンは戦う事が何よりも好きであるため、戦闘中は周りが見えなくなりがちなのだ。

「ところであなた達はどうして戦ってたんですか?魔力の感じから判断しますと、別に敵対しているわけではないのでしょう?」

「うん。実はね・・・」

 クリムゾンはアクアマリンの情報を教える対価としてシゴクと戦う事になったいきさつを説明した。

「なるほど。あなたもいろいろ考えているんですね。」


 クリムゾンが拙いながらも自ら作戦を立て実行した事にクリムは驚いていた。クリムを産む以前のクリムゾンであれば、相手の気持ちを考えて交渉するなどまずありえなかった行動であり、それは彼女が眷属を得たことによりわずかながら精神的に成長していることを意味していた。


 クリムが母の成長を見て感慨にふけっていると、その背後でじっと待機していたエビゴンがしびれを切らして声を上げた。

「真っ暗で何も見えないっすよ姉御!」

「あなた元々深海生物ですし、暗闇なんて慣れたものじゃないんですか?」

「水中なら水の流れとか匂いで周囲の状況がわかるっすけど、地上だと勝手が違うみたいっす。」

 エビゴンは触角をみょんみょんと動かしながら言った。

「エビゴンは元々海棲生物だから、地上で真価を発揮できないのは仕方ないですね。もしかしてサテラも暗いの駄目なんですか?」

 クリムはエビゴンと共にじっとして動かないでいたサテラに気が付いたので声を掛けた。

「恥ずかしながら私も真っ暗なのは苦手ですね。魔力感知で大体の状況は分かりますが、視認して動くことに慣れていますので。」

「そうですか。それなら光源を作りましょうか。」

 クリムが大空洞内を照らすために魔法の準備を始めたその時、四大龍のキナリが近付いてきた。キナリはクリムゾンとシゴクの戦闘が終わったのち、シゴクとしばらく会話していたのだが、クリムの背後にいるサテラに気付いて話しかけてきたのだ。

「あら、知っている魔力だと思ったらやっぱりサテラじゃない。どうしてこんなところに居るの?」

「お久しぶりですキナリ。会うのは数年ぶりですね。私は去年成人を迎えたので、龍の巫女の習わしに従って旅に出たんですよ。」

「もうそんなになったのね。人間は成長するのが早いわね。」

「はい。そして今は突如出現した謎の魔力を調査していたところです。調査に向かう途中でクリムゾンの眷属であるクリムさんに会ったので、魔力の正体がクリムゾンだとわかったのですが、一応クリムゾンがどんなドラゴンなのか確認するためにクリムさんについてきたのです。」

「そうだったのね。それでそのクリムって言うのはあなたね?」

「はい、そうですよ。」

「ところで私達どこかで会った事があるかしら?」

 キナリはクリムの姿と魔力からなぜか懐かしさを覚えていたので質問した。彼女がそう感じるのも無理はなく、クリムの姿はキナリと面識のある聖女エコールの若い頃に瓜二つなのだ。ただしその魔力はクリムゾンとエコール二つの魔力を混合したようなものであり、その情報がキナリの記憶を混乱させているのだった。

「いえ、初対面ですよ。私はエコールの記憶を持っているので、あなたの事はよく知っていますが。」

「え?どうしてエコールの記憶なんて持っているの?」

「それは私にもわかりませんが状況証拠から推測すると、クリムゾンが私を産む時に強く賢くなるようにと願った影響でしょうか。クリムゾンが過去に戦った好敵手達の中で最もいい勝負をしたのがエコールだった様なので。」

「母の願いが眷属に影響を与えるのは知っているけど、そんな事もあるのね。」

 キナリはクリムの生い立ちがドラゴンとしても異様な物であると理解したが、キナリ自身眷属を持たない異端のドラゴンであり、眷属を産んだ経験も育てた経験も無かったのであまり深くつっこめなかった。

「そう言えば昼頃にこの島に居たのもあなたよね?すぐに気配を消してしまったけど。」

「ええ、そうですね。」

「どうしてわざわざ気配を消していたの?」

「あの時私は世界情勢の調査に向かうところだったのですが、エコールと面識のあるあなたと会うと私が何者なのか説明したり目的を話したりと、色々煩わしいと思ったからですね。あなた達の目的がクリムゾンである事は予想できましたし、戦意が無い事は魔力の感じから分かっていましたので、クリムゾンだけでも対応できるだろうと思って私は調査に向かったのです。なので帰ってきたときに2人が戦っていたのは少し意外でしたね。理由を聞いて納得しましたが。」

「ふーん。事情を話してくれれば世界情勢くらい私が教えてあげてもよかったのに。」

「いえ、私が知りたいのは主に人類の現状ですから、ドラゴンであるあなたの知り得る情報だけだと実情とは齟齬が有るでしょう。それにやはり実地で確認しないと分からない事もありますからね。」

「一理あるわね。私は人間にはあまり興味ないし、私が知っている情報は他のドラゴン達から又聞きしたような話ばかりだからね。」

 キナリは一通り疑問点が解消された様で質問を終えた。


「姉御ー早く明かりをつけて欲しいっす。」

 クリムはキナリに遮られて魔法の発動を中断していたので、いつまでも暗いままの状態にエビゴンが不満を漏らした。

「ああ、そうでしたね。では改めて魔法を発動しましょうか。」

「あらごめんなさい。私が話し掛けて邪魔してしまったみたいね。」

「そうっすよ。誰か知らないっすけど、姉御の邪魔をしないで欲しいっす。」

 エビゴンは真っ暗闇で相手の姿が見えていないので、優しそうな口調のキナリを相手に少し調子に乗っていた。

「お詫びと言っては何だけど私が明かりをつけてあげるわ。陽光球スフィアオブサンライト。」

 キナリは大きく口を開くと太陽の様に明るく輝く球体を吐き出し、大空洞の天井付近に配置した。これにより大空洞内全体が照らされ、真昼間の様に明るくなった。

「これでいいかしら?」

 キナリは不満を漏らしていたエビゴンに確認した。

「あざーっす!お見それしたっす!」

 エビゴンは周囲が明るくなったことで話していた声の主が巨大なドラゴンである事に気付き、つい大きくなっていた態度は一気に委縮したのだった。

 キナリはエビゴンの豹変を特に気にする様子もなく再びシゴクの元へと戻っていった。


 キナリが離れていったのでエビゴンは緊張を解き、ようやくクリムゾンと対面した。改めて確認しておくが、エビゴンがここに来た目的は命の恩人であるクリムゾンに会い、お礼を言う事だったのだ。

「お初にお目にかかるっすクリムゾンの旦那。」

「誰?」

「俺はエビゴンっす。旦那に命を救われた深海の海老っす。」

「へー。そんなことしたっけ?」

 クリムが予測した通り、クリムゾンはエビゴンを助けた覚えなどなかった。

「まじ感謝してるっす。旦那の娘である姉御にも助けられたし、御二人には足を向けて寝れないっすよ。」

 エビゴンはクリムゾンの様子などお構いなしに感謝の気持ちを示した。

「えーっと、エビゴンだっけ?変な名前だけど本名なの?」

「この名前は姉御に付けてもらったっす。正直俺もダサいと思ってるっす。」

「え?ダメですかエビゴンって名前?」

 エビゴンという名前は交易所の受付嬢にも変わった名前だと言われていたので、エビゴン本人に加えてクリムゾンからもダメ出しを受けた事で、その名前には問題があると認めざるを得なかった。もっともクリム自身その名前はまじめに考えた物ではないのだが。

 クリムゾンはクリムが少し落ち込んだ事に気付いたので慰めようとしたが、尻尾で撫でようとすると避けられてしまうので、何もできずにおろおろしていた。

「エビゴンはとりあえず名前を呼ぶのに困るから付けた仮の名前ですし、気に入らないならクリムゾンに改めて名付けてもらったらいいんじゃないですか?」

 クリムは自身のネーミングセンスを非難された事にへそを曲げて、いじけたようにそう言った。

「そうなの?ならぼくが新しい名前を考えてあげるよ。」

 しかし娘の意図はいまいち母には通じておらず、クリムゾンは眷属に頼られたと勘違いして名付けに前向きだった。

「よろしく頼むっすよ旦那!」

 そして当のエビゴンも改名には前向きだった。

 その様子を見てクリムはますますへそを曲げたのだが、2人(1頭と1人)に悪気が無い事は分かっていたのですぐに機嫌を直した。


 クリムゾンはコロコロ転がりながらしばし悩んだ末、エビゴンの新たな名前を思い付いた。

「よし決めた。きみの新しい名前はシュリだよ。海老のシュリンプから取った名前だけど、どうかな?」

「おっ、いいっすね。エビゴンよりはかなりイケてるっす。」

「ところでエビゴンってどういう意味なの?」

「姉御が言うには俺が海老とドラゴンが混じった状態だからエビゴンらしいっすよ。」

「なんでまたドラゴンと混じったりしてるの?」

「俺一回粉々になって死んだんすけど、旦那の細胞と混ざって蘇生したから、そのせいらしいっす。」

「なるほど、つまり君は世界に一匹しかいない種族なんだね。」

「たぶんそうっすね。」

 エビゴンの由来を聞いたクリムゾンは再び何かを考え始めた。そして間もなく何かを思いついた様子で続けた。

「君の種族名を考えたんだけど、触角の感じからしてロブスターっぽいよね。ドラゴンとロブスターを混ぜてドラグロブスターなんてどうかな?それで名前のシュリと合わせてシュリ・ドラグロブスター。」

「なんかかっこいいっすね。ありがとうっす旦那。」

 エビゴン改めシュリは新たな名前を素直に気に入ったのだった。


「エビゴンって名前を意識して付けてみたけど、どうかなクリム?」

「ああ、なるほど。あなた私に気を遣っていたのですね。いいんじゃないですか呼びやすいですし。」

「よかったー。」

 クリムゾンはクリムの返事を聞いて無邪気に喜んだのだった。

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