第44話 龍人(ドラゴニュート)

 クリム・サテラ・エビゴンの3人は昼食をとるために海岸から町の中心部へやってきていた。しかし3人とも港町シリカを訪れるのは初めてであるため、まずは交易所に立ち寄り食事処を教えてもらうことにしたのだった。

「こんにちはー。ついさっきぶりですが、また来ました。」

「いらっしゃいませクリム様。それに巫女様もご一緒でしたか。先ほどは失礼しました。」

「いえ、お気になさらず。それと名乗っていませんでしたが、私はサテラと申します。巫女様は少し照れ臭いので名前で呼んでください。」

「承知しましたサテラ様。ところでそちらの方はどなたですか?」

 受付嬢は交易所内をうろうろと歩き回っているエビゴンに尋ねた。

「俺はエビゴンっす。」

「変わった名前ですね。お二人とはどういったご関係ですか?」

「姉御は姉御っすよ。」

「姉?お二人の妹と言う事でしょうか?言われてみればみなさん顔は少し似ていますね。尻尾や触角、髪の色等は違いますが、ずいぶん複雑な家庭環境をお持ちなのですね。」

「いえ、私はクリムさんとは遠い親戚にあたりますが、姉妹ではないですよ。」

 サテラはやんわりと否定した。

「そうでしたか。ところで先ほどクリム様がここにいらした際にはエビゴン様は一緒ではありませんでしたが、何をしていらしたのですか?」

「俺は海で姉御を待ってたっすよ。帰りが遅いんで迎えに来たっすけど。」

「海?船で待っていたと言う事でしょうか?」

「海は海っす。海の中っすよ。」

「え?それはどういう・・・」

「すいません。エビゴンへの質問はその辺にしてもらって、本題に移っていいですか?」

「あっはい、失礼しました。何の御用でしょうか?」

 エビゴンと受付嬢の会話をしばらく黙って見守っていたクリムだったが、正体を一切隠す気がないエビゴンに内心ハラハラしていた。そしていい加減ボロが出てきたので話を遮ったのだ。

「これから昼食を取ろうと思うのですが、おすすめの食事処を教えてくれませんか?」

「なるほど店舗紹介ですね。そうですねぇ、シリカには我々商会の者以外はほとんど訪れないので、観光客向けの施設は無いのですが、船乗り達が利用する大衆食堂でよければご紹介いたしますよ。」

「はい、それで構いません。」

「承知しました。食堂はいくつかあるのですが、女性向けですと海鮮レストランのハーレ・アイナがおすすめですね。少々値は張りますが、比較的お洒落な店舗で私もよく利用しています。他の食堂は値段的にはハーレ・アイナより格安ですが、大雑把で量重視なまかない料理になりますので、見た目をあまり気にしない船乗り達には人気ですが、女性にはあまりオススメできませんね。」

「分かりました。ではそのお店の所在地を教えてください。」

「ハーレ・アイナへの道順ですが、ここを出て左の方に行くと大通りに出ますので、そこで右折して、さらに少し歩くと立て看板が見えると思います。徒歩で5分程度ですかね。」

「ふむふむ、了解です。ところで一人頭の食事代の相場はどのくらいですか?」

 クリムはサテラに昼食を奢ると言ったものの、彼女には現在の物価が分からないので先ほど貰った調査依頼の報酬で食事代が賄えるか少し心配になったのだった。受付嬢からそのレストランは少々値段が高い旨も聞いていたためなおさらである。

「そうですね、一人一品に飲み物を付けて平均1800Gグランくらいでしょうか。」

「ああ、そのくらいですか。分かりました。」

 調査依頼の報酬は税金を引かれておよそ10万Gグランだったので、十分に支払い可能だと安心したクリムだった。

「他に御用はありますか?」

「いえ大丈夫です。ありがとうございました。」

「はい。またのご利用お待ちしております。」


「それじゃあ行きましょうか。」

 クリムは話が済むまでじっと隣で待っていたサテラに声を掛けた。

「そうですね。」

 一方エビゴンは暇を持て余して歩き回っていた。人型になったばかりのエビゴンは、まだその姿に慣れていないので、暇潰しなのはもちろんだが歩く練習も兼ねての事だ。

「エビゴンも行きますよ。」

「了解っす。」

 3人は交易所を後にし新たな目的地へと向かった。


 町中を歩く3人はすれ違う船乗り達が思わず振り返る程度には注目されていた。しかしその反応の原因がクリムには判断がつかなかった。シリカの町が滅多に来客のない商業区であるがゆえ物珍しさからくる興味なのか、はたまたクリムとエビゴンの角や尻尾を生やした異形の姿が奇異の目で見られているのか。

「ちょっといいですかサテラ?」

「なんですか?」

「私やエビゴンの姿が人間から見てどう映っているのか分かりますか?」

「さてどうでしょうね。私は龍人ドラゴニュートや亜人族を見慣れていますから然程気になりませんが、人間だけの国で育った人達には目新しく感じるかもしれませんね。」

「そうですか。先ほどからすれ違う船乗り達は私達に視線を向けているようですが、もしかして恐れられていないですかね?」

「この町に限りませんがアラヌイ商会は実質的にセイランの支配下にありますからドラゴンを恐れると言う事はないでしょう。それにセイランの眷属達が用心棒として青龍会から出向しているので、龍人ドラゴニュートは見慣れていると思いますよ。彼らが私達に興味を持っているのは、単純によそ者だからでしょうね。」

 サテラの推論は半分は当たっていたが、ただのよそ者に誰も彼もが振り向いたりはしないのだ。クリムの心配をよそに船乗り達は幼い姿のクリムやエビゴンには目もくれておらず、もっぱら彼らが興味を持っていたのは美人で年ごろのサテラなのだった。


「ところで龍人ドラゴニュートってなんですか?」

「人型に変身したドラゴンの事ですよ。クリムさんもそうではないのですか?」

「いえ、私は産まれつきこの姿ですから変身しているわけではないですよ。」

「そうでしたか。産まれつき人の姿のドラゴンは聞いたことがありませんが、クリムゾンはいろいろと規格外の様ですしそんな事もあるのですかね。」

「そうかもしれないですね。」

 自分の事だがなぜか他人事なクリムだった。

龍人ドラゴニュートなんてエコールの生きた時代にはいなかったと思いますが、ドラゴンに変身能力なんてあったんですね。」

龍人ドラゴニュートになっているのは、私が知る限りセイランとその眷属達くらいですね。彼女達は人間社会に深く入り込んでいるので、必要に駆られて変身しているんでしょうね。逆に他のドラゴン達はさほど人間に興味が無いようですし、人型になる理由がないのでしょう。」

「なるほど。」

(クリムゾンも人型になれるのでしょうか?洞穴に帰ったら聞いてみましょう。)

 クリムはクリムゾンの記憶を一部受け継いでいるのだが、すべてを受け継いでいるわけではないので知らない事もあるのだ。


 そうこうしているうちに一行は目的地へと到着したのだった。

「ここですね。続きは中で話しましょう。」

 クリムがサテラに告げる。

「そうですね。」

 サテラは応えた。

「やっとご飯にありつけるっす。姉御ごちになるっす。」

 エビゴンは相当お腹がすいていたようで、我先にとレストランに入っていった。

「あの子注文の仕方とか知らないだろうし、1人で先に行っても仕方ないでしょうに。せっかちですね。」

 エビゴンを追いかけて2人もレストランへと入った。

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