第35話 四大龍とのニアミス
世界情勢の調査のために母クリムゾンの元から飛び立ったクリムは、ひとまず洞穴の入り口までやってきていた。そこでクリムはいったん立ち止まり、ホバリングしながら考え事を始めた。
クリムゾンの棲み付いた洞穴は、ただでさえ極寒の孤島な上に山の中腹にあるため、並の生物なら瞬時に凍り付く極低温だ。しかしドラゴン種特有の強靭な肉体を持つクリムにはこの程度の寒さは通用しない。
(さてと・・・まずはどこから行きましょうか。情報収集するなら四大国のいずれかへ向かうのが定石ですが、あまり気乗りしないんですよね。大国はただでさえよそ者への当たりがきついのに、人外の種族に対する扱いはそれにも増して酷いですから、私が人間にどう見られるのか不明な現状だと、いきなり大国に向かうのは少々リスクがありますね。グランヴァニアでグラニアに話を聞くという方法もありますが、大昔に死んだはずの聖女の姿をした私が訪れるのはどうなんでしょうか。無用な混乱を招きそうですし、初動は慎重に行うべきでしょうね。となると、まずは小さな集落に赴き、人間達から見た私がどのように映り、どういった立ち位置で振舞うべきかを確認しましょうか。)
勇み足で調査に出発したクリムだが、まだ最初の行先すら決めていないのだった。
(ところでここはどこなんでしょう?クリムゾンの記憶からおおよその周辺情報は分かっていますが、あの人何をするにも雑ですからね。改めて周囲の確認をしておきますか・・・。)
クリムはクリムゾンと同様に
クリムゾンの索敵により近場にある人間の集落の方向は、大体の当たりが付いていたので、クリムはそちらの方向に絞って索敵を敢行した。そして思惑通り小さな集落を発見した。その集落は現在地の孤島から南東へ進んだ位置の群島に存在し、数十人規模の小さな港町であることが分かった。なぜ港町だと分かったかと言えば、海沿いの港に停留する数隻の船舶の存在が確認できたからだ。それだけでは漁村の線もなくはなかったが、停留する船舶が貨物用の巨大帆船であったことから、交易を主とする港町であろうと推定したのだ。
彼女は念のため四方の索敵を行ったが、近場に別の集落は存在しなかった。
(一番近い集落はこの港町で間違いなさそうですね。ここで悩んでいても仕方ないし、とりあえず向かうとしますか。)
クリムが最初の目的地を決定し、いざ飛び立とうとしたその時、南方からクリムの物とは別の魔力波が襲来した。
(二つの魔力の波・・・ドラゴンの、それもかなり強力なロード・ドラゴンの物ですね。一つは心当たりがありませんが、もう一つはどこか懐かしいような・・・これはキナリの魔力ですね。まぁ懐かしいと言っても私が実際に会ったわけではなく、私の中にある聖女の記憶での話ですが。)
クリムが感じた魔力波は、クリムゾンに会うために孤島を目指しているシゴクとキナリが発した物であった。
そしてクリムが二頭のドラゴンを観測したのとほぼ時を同じくして、二頭のドラゴンもまたクリムの存在を観測していた。
―――一時的に場面は切り変わり、二頭のドラゴン達の様子を見てみよう。
四大龍のシゴクとキナリは、クリムゾンの居る孤島へ向けて海上を高速飛行していた。
「この先に何かいるね。クリムゾンの魔力と似てるけど本人ではなさそう。サイズ的には人間かな?空を飛んでるみたいだけど。」
シゴクはキナリに話しかけた。
「うーん?何者かは分からないけど、この魔力は人間にしては強力過ぎるわね。それにどこか懐かしい様な、そうでもない様な。」
キナリもまたクリムが持つ聖女エコールの魔力に懐かしさを覚えていたが、クリムはクリムゾンの魔力も同時に持ち合わせているので、キナリはかつての友人の魔力を同定するには至っていなかった。キナリが最後にエコールに会ったのは数千年も前の事なので明確に思い出す事ができなかったのも無理はない。
「あれ?反応が消えたね。」
シゴクは突如として未確認生物の魔力反応が消失したのを観測した。
「クリムゾンが何かしているのかしら?いずれにせよ、この先の島にクリムゾンが居るのは間違いなさそうね。」
「そうだね。さっきの魔力の持ち主はちょっと気になるけど、魔力の感じからすると悪意は感じなかったしこのまま孤島を目指そう。」
二頭のドラゴンはそのまま飛行を続けた。
―――場面は戻って再びクリムの元へ。
(キナリの事は記憶では知っていますが、私自身には面識がありませんし、この姿の事を説明するのも面倒ですね。魔力の感じからして戦いに来たわけでもなさそうですし、彼女達はクリムゾンに任せて私は立ち去るとしますか。)
二頭のドラゴンに自身が観測された事をクリムは理解していたので、魔力の放出を抑えて索敵を逃れる事にしたのだった。
(仮に彼女達の目的がクリムゾンとの戦闘だったとしても、クリムゾンは反って喜ぶでしょうし、恐らく二人掛かりで襲われたとしても、クリムゾンの方が遥かに強いので私が心配する必要はないでしょう。)
クリムは気を取り直して、港町を目指し飛び立ったのだった。
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