第17話 グラニア VS アクアマリン

―――シゴクから本当の母という言葉が出てきたことから、キナリはかつて見たことのあるシゴクの母アクアマリンに思いを馳せていた。

 それはクリムゾンが暴れ回る少しだけ前のお話。グランヴァニアに棲むグラニアの眷属の中でも、極一部の者しか知らない物語である。


 その時代、人類社会では守護龍信仰が薄れ、世界各地で小競り合いを始めていた時期である。しかしグランヴァニアはグラニアの威光もあり、以前と変わらず平穏な日々を送っていた。

 そんなある日突然強大な力を持つロード・ドラゴンがグランヴァニアの地を訪れた。そのドラゴンが発する魔力は異常なまでの攻撃性を示しており、平和ボケしていたグランヴァニアのドラゴン達が怯えて逃げ出してしまうほどだった。キナリは当時グラニアに代わりグランヴァニアの実質的な守護龍としての役割を担っていたため、他の眷属達が逃げ出す中で一頭だけその場にとどまっていた。そしてその奇妙なドラゴンに興味を持ち動向を監視しようと考えた。

 このドラゴンこそがグラニアの娘にしてシゴクの母、海皇龍かいおうりゅうアクアマリンである。


 蜘蛛の子を散らすようにグラニアの眷属達を追い払ったアクアマリンは、その後グラニアの鎮座する神殿へと向かった。そして神殿に到着すると迷うことなくグラニアの居る神殿最奥部、通称『龍の間』に向かっていった。神殿内の作りはさほど複雑ではない物の、一切迷う様子のないアクアマリンの動きを見たキナリは不可解に思った。しかしその理由は単純であり、アクアマリンがこの地で産まれたグラニアの娘であるためだった。アクアマリンは産まれてすぐにこの地を離れ、それ以来ずっと戻っていなかったのだが、神殿の位置や構造は彼女が産まれた当時と変わっていなかったため大体覚えていたのだ。


 キナリがそのままアクアマリンの様子を監視していると、彼女がグラニアと何か話しているのを目撃した。そして隠れて盗み見ていたため会話の内容は聞こえなかったが、母娘おやこの対話がどうやら決裂し、大喧嘩になってしまうまでの一部始終をずっと見守っていた。その喧嘩は口論だけでは収まらず、ついには二大ドラゴンの直接対決へと発展する。

「もはや言葉は不要だ。拳で語り合おうグラニア。とはいえここでは狭すぎる。場所を変えよう。」

 アクアマリンはその異様な魔力でグラニアを挑発したが、グラニアはこれに応えず黙って娘の後に付いていった。


 アクアマリンがグラニアを連れ出したのは、グランヴァニアの郊外にある山岳地帯だった。それは小国であるグランヴァニアを長く他国の侵略から守ってきた自然の城壁である。その標高の高さからくる寒さと、地形的な特徴から常に発生している吹きおろしの山風により、植物が生えにくい環境となっており、そこは生物がほとんど棲みつけないほどの険しさを誇っていた。アクアマリンはその事を知ってか知らずか、母との対決の場に、誰の邪魔も入らないその地を選んだのだった。


 かくして戦いの幕は切って落とされた。母娘の衝突は凄まじく、両者の開戦の咆哮が激突しただけで山岳地帯が吹き飛ばされ、きれいな平地になってしまうほどであった。

 二大ドラゴンの戦いは、娘が一方的に攻める展開となっていたが、その攻撃はすべて命中する前に撃ち落とされ、グラニアの方が遥か格上である事は明らかであった。しかし母からは一向に攻撃を仕掛ける様子はなく、ただ受けるに徹していた。その様子をコソコソと見ていたキナリは疑問に感じたが、後にグラニアからアクアマリンが自身の娘であることを聞いて納得した。

 グラニアに限らないが、ドラゴンの母が眷属に対して攻撃をすることはまず無い。それは理性的な判断ではなく、無意識的に我が子を守らんとする母の本能である。その本能のため、我が子がどれほどの悪事を働いたとしても決して手を下す事はなく、むしろ我が子の味方に付いてしまうのである。これはグラニアがクリムゾンに手を出さなかった理由でもある。どんなに知啓に溢れ賢いドラゴンであっても、自身の眷属の問題となると冷静な判断を下すのが極めて難しいのだ。


 数日に渡り続いた怪獣大戦争は、やがてアクアマリンがその拳を収めた事で終結を迎え、その後母娘はまた何かを話していた。

 キナリは喧嘩に巻き込まれない様に遠巻きにその様子を伺っていたため、母娘の会話は聞こえなかったが、会話の後アクアマリンが1個の卵を産み落とし、それをグラニアに託して空の彼方へと飛び去るのを見た。この卵こそがシゴクの卵である。


 アクアマリンの一連の行動はつまり、我が子の誕生を見る事すらなく、育成を放棄して旅立ったことを示していた。

 ドラゴンは眷属を産んだら自身の手元で成龍となるまで育てるのが普通である。ゆえにアクアマリンの行動は、キナリにとって信じがたいものであった。

 キナリの母サンライトは亡くなる間際にキナリの卵を産み落としたため、その卵はグラニアに預けられ育てられたという経緯があった。母が既に死んでしまっている自身の生い立ちは極めて特殊なケースであり、こればかりは仕方がないと言える。しかしアクアマリンとシゴクの関係は仕方がないケースとは言い難い。母が健在であるにもかかわらず自身の産んだ卵を放棄する事など、たとえどんな理由が有るにせよキナリにとっては受け入れがたい異常行動だった。


 キナリは先述の通り詳しい事情は知らないが、シゴクがこの話を知れば傷つくであろうと容易に想像できたため、彼女に母の話を教えるつもりはなかったのである。


 ちなみにキナリが見たと言っていたグラニアの戦いは、この母娘の一戦を指している。キナリは当時既にドラゴン種の頂点と言われているロード・ドラゴンの地位にまで登りつめていたが、次元の違う怪物達の争いを目の当たりにし、真の頂きは未だ果てしないものだと痛感したのだった。

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