第75話 厳しさを教えてくれる人
「聞かせてもらおうかしら。プロデューサーくんが私たちをどう見ているのかをね」
英玲奈さんが不敵に口角を上げ、まっすぐぼくを見すえている。
英玲奈さんはきっとぼくを試しているのだ。
にわかに緊張が高まってくる。ぼくは言葉を慎重に選びながら話しはじめた。
「英玲奈さんはスタイル抜群で、スタイル維持のためにどれほどストイックに努力されているのかがよく伝わってきます」
英玲奈さんのたわわなお胸と谷間に目がいくと、それだけで恥ずかしくなってしまう。ぼくは英玲奈さんの顔だけを見るように心がけて、さらに続けた。
「でも、英玲奈さんのほんとうの魅力は、メンバーを見守る眼差しの温かさにあるとぼくは考えています。メンバーの魅力をSNSでたくさん発信していて、母性のような優しさを感じます。それと、リーダーシップが素晴らしいです。個性豊かなメンバーを受け入れる心の広さと、有言実行の行動力が魅力だと思います」
「そう、ありがとう」
英玲奈さんが目を細め微笑をこぼす。
ぼくの答えは英玲奈さんを満足させただろうか?
不安に思っていると、今度は歌恋さんがたずねてきた。
「わたくしのことはどう見ていますの?」
「歌恋さんは優雅で上品で、気高く輝いています。これから活躍の場をさらに広げて、歌恋さんの魅力をもっとみんなに知ってほしいです。『ヴァルキュリア』の影のエースだと言われるのもうなずけます」
寧々さんは歌恋さんのことを「影のエース」と呼んでいた(第34話参照)。あの時は歌恋さんを納得させるための方便だと思ったけれど、あながち嘘でもないのかもしれない。歌恋さんの高貴な輝きは、ほかのどのアイドルも持ちえないものだ。
「あら、わたしくのこと、よく分かっていますのね。影のエースというのが不服ですけど」
歌恋さんが頬をふくらませる。いけない、機嫌を損ねてしまった? ぼくは慌てて言葉を加えた。
「今は美聖さんがエースのように言われていますけど、いつかは歌恋さんが真のエースと言われるようになるかもしれませんね」
「ま、それも時間の問題ですわね」
歌恋さんがオーホホホッ、と高らかに笑う。満足げな表情にぼくもホッとした。
英玲奈さんが楽しげに口元をほころばせる。
「なるほどね。いずみ、咲、真凛――君と関わったアイドルたちがみんな笑顔になっていくのを、ずっと不思議に思っていたの。でも、理由が分かった気がするわ」
英玲奈さんが悪戯っぽい微笑をこぼす。そして、ふたたびぼくを試すようにたずねてきた。
「それで、君は私たちをどう売っていこうと考えているのかしら。君の戦略を聞かせてくれる?」
「そうですね……」
ぼくはあくまでアシスタントで、寧々さんの指示通りに動いているにすぎない。
とはいえ、ぼくだって将来はプロデューサーとして自立したいという夢がある。だから、英玲奈さんの疑問にだってちゃんと答えられなくちゃいけないんだ。
「『ラヴィアンローズ』はドラマで人気が出て勢いがあります。今は三人一緒にプロモーション活動を展開して、勢いそのままに11月のライブを迎えたいです」
「その後は?」
「ライブの後は、個々の活動を充実させていきたいです。個人としてもユニットとしても魅力ある『ラヴィアンローズ』を作り上げていくべきだとぼくは思います」
ぼくは自分の考えをはっきり主張した。
英玲奈さんは冷たいアイスティーを口に含み、手にしたグラスを置いた。
「まずまず、といったところかしらね」
英玲奈さんが表情を和ませる。とりあえず及第点はもらえたみたいだ。
「私も今は『ラヴィアンローズ』を売り出す時期だと考えているわ。でも、小夜子はなんと言うかしら? 彼女は群れをなしたがらない。無理にユニットにしばることがはたして得策と言えるかしら?」
仕事はきっちりやってくれるけどね、とフォローしつつ、英玲奈さんは苦笑する。
歌恋さんが苛立たしげに語気を強める。
「今度わたくしから小夜子に言ってやりますわ! あなたがなにをしたいのかは知らないけれど、今はユニットを優先なさいって」
小夜子さんが去り際に残したセリフがぼくの耳によみがえった。
――ボクにもやらなきゃいけないことがあるので。
小夜子さんにとって「やらなきゃいけないこと」ってなんだろう?
ぼくは小夜子さんのことをあまり知らない。ぼくが最初にすべきことは、小夜子さんとコミュニケーションをはかることなのかもしれない。
英玲奈さんは歌恋さんをなだめつつ、ぼくに言った。
「プロデューサーくんの考えはきっと正しいわ。でも、私たちの想像の枠を超えるものでもない」
落ち着いた、けれども重い響きを持った声だった。
「私は高校生の若い感性に期待しているの。ほら、私はもうアイドルとしてけっして若くないから」
「そんな」
英玲奈さんは現在25歳。『ヴァルキュリア』の最年長とはいえ、これで若くないはずがない。
だが、英玲奈さんは真剣な顔で続ける。
「ほんとうの話よ。特に私が主戦場としているグラビア界は入れ替わりが激しいから。若い子が台頭してきて、私の身体に飽きられたら、あとはもう脱ぐしかない」
もちろん脱ぐ気はないけどね、と英玲奈さんは軽やかに笑う。
「でも、そのくらいの危機感は常に持っているわ。いい、プロデューサーくん? アイドルの世界はとっても厳しいの。どんなに才能あるアイドルだって、運営が下手なら日の目を見ずに一生を終えてしまう。そういうアイドルを私は何人も見てきたわ」
英玲奈さんはふと遠い目をした。
英玲奈さんにはアイドルとして生きる厳しさが身に染みているのだろう。英玲奈さんは記憶のなかにたくさんのアイドルを思い浮かべ、過去を懐かしんでいるようでもあった。
英玲奈さんはぼくを教え諭すように優しく微笑む。
「だから、君のプロデュース力がいつも求められているってことを忘れないでね」
ぼくは英玲奈さんの言葉を噛みしめた。ぼくは想像以上に険しい道を歩んでいるのだ、とこの時初めて実感した。
――ぼくも英玲奈さんの期待に応えたい。
――そして、魅力あるアイドルたちをもっともっと輝かせてあげたい。
プロデューサーは、アイドルの大切な人生をあずかる立場にある、とても責任重大な仕事なのだ。
だから、ぼくはもっと勉強しなくちゃいけない。学校の勉強もそうだし、業界についてもたくさん学ばなくちゃいけない。
「アドバイスありがとうございます」
ぼくは英玲奈さんに感謝した。
英玲奈さんは厳しくも、ぼくを高めてくれる人。
そして、プロデューサーとして将来自立したいという夢の実現を助けてくれる人。
そんなふうに思えてくるのだった。
話が一段落すると、英玲奈さんは窓の外に目をやった。
「ところで、ここ、ほんとうに素敵なお店ね~。景色も最高よ」
英玲奈さんは先ほどまでとはまるで異なる明るい声を弾ませる。
立ち並ぶビル群の上にはまぶしい夏空が広がっていた。明るい未来まで見わたせるかのような清々しい青さだ。
歌恋さんが機嫌よさそうに微笑んだ。
「でしょう♪ わたくしのお気に入りの場所ですの。よければ今度ほかのお店も紹介しますわ」
その後、ぼくたちはしばらく談笑した。
こうして、ぼくは『ラヴィアンローズ』担当初日を終えたのだった。
( 次回:「覚悟と責任とキス」 )
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