第62話 【Girls Side】咲き誇れ、アイドル!②
(咲視点)
「……正直、『ハニームーン』でやっていくのが今はキツイ」
ついにアタシは本音をもらした。
「いずみがリーダーでよかったって、心から思ってる。いずみほど努力家で信頼の置けるアイドルはいない。だからアタシも安心してついていける」
そう、アタシだって認めているのだ。兎見いずみというアイドルのすごさを。
一緒にユニットを組んで、これほど頼もしいアイドルはいないということも。
「……でも、恋に満たされたいずみの、とろけるようなアホ
初めての恋心は、いずみに対するわだかまりを生んだ。このわだかまりは、きっと永遠に解消しない。
雪菜はハンドバッグからハンカチを取り出し、アタシに手渡してきた。
「咲ちゃん。これ、使ってください」
気づけば、アタシの頬には涙が伝っていた。
「ごめん、雪菜」
「いいえ。きっとそうだろうな、と思っていましたから」
雪菜は優しく微笑み、日本酒を口にする。
「咲ちゃん、20歳を過ぎたら一緒に飲みましょうね」
「何年後だよ、それ」
アタシは苦笑した。酒はいつか飲んでみたい。でも、この胸の痛みは酒では紛れない気がした。
雪菜がうつむきがちに言う。
「それでも、私はいずみちゃんと咲ちゃんと三人で一緒にやっていきたいです。私にとって『ハニームーン』は家族みたいなものですから」
落ち着いた雪菜の声は不思議と胸に染みわたった。雪菜が『ハニームーン』にどれほど思い入れがあるかは、一緒に活動してきて痛いほどよく知っている。
「アタシだって三人でやっていきたいさ。家族も常連さんも、ファンも、みんなアタシを応援してくれる。アタシだってみんなに全力で応えたいって思ってる。……でもっ!」
感情が一気にこみ上げてくるのが自分でも分かった。自分でも歯止めが効かず、涙に湿った声がもれてしまう。
「頭ではそう分かっていても、胸が痛いんだよ……。心に苦しみを抱えながら、表面ばかりとりつくろって、二人に合わせて……。これじゃアタシ、滑稽なピエロだ……」
アタシはまたしてもボロボロと泣いてしまった。
雪菜は立ち上がるとアタシの隣に腰を下ろし、包みこむように抱きしめてくれた。
「咲ちゃん。実は今日、もう一人来たいっていう子がいるんです」
「えっ? まさかいずみ?」
「いえ、別の子です」
雪菜が言うなり、襖がいきなりがばっと開いた。
「じゃーんっ! 『ヴァルキュリア』No.1美少女アイドル、熊川
「うんまァーっ! これぞ料亭の味、最高なのです!」
乙羽はツインテールを揺らし、目の前の料理を次々平らげていく。汁が跳ねてゴスロリ衣装がよごれても知らねーからな。
アタシは雪菜に耳打ちした。
「どうして乙羽を呼んだんだよ」
「咲ちゃんのお店が事務所の近くにあるって教えたら、一緒に行きたいと言われまして」
雪菜はほろ酔いなのか、すでに頬が薄赤い。雪菜は乙羽にたずねた。
「乙羽さん。『グローリーブリッジ』のほうは順調ですか?」
『グローリーブリッジ』は乙羽、美聖、華の三人で結成されている。タイプがみんなちがうから大変そうだ。
乙羽は箸を止め、ふぅ、と一息ついた。
「順調もなにも。みんな好き勝手にやっているのです」
「はァ?」
アタシの口から間の抜けた声がもれた。乙羽は憮然とした顔で、料理を食べ進める。
「華はバリバリの体育会系。美聖は天才肌。合わせろと言うほうが無理なのです。逆に、乙羽のような超絶美少女に二人が合わせるのも無理なのです」
アタシは呆れてツッコんだ。
「自称な」
「細かいことはいいのです」
「細かくないから。それより、合わせなきゃユニットとして成立しないだろ」
「咲はどうしてそう思うのです?」
「えっ?」
アタシはたじろいだ。
「いや、合わせるのは当たり前だから」
まちがったことは言っていないはずだった。けれども、乙羽の目はアタシをとがめているように見えた。
「合わせようとするあまり個性が死んでしまったら、アイドル失格なのです。合わせるより、各々がすべてを出し切ること。それが『グローリーブリッジ』の方針なのです」
「合わせるより、すべてを出し切る……」
暗く沈んだアタシの心に一筋の光が射しこんだ気がした。
乙羽は続けて言う。
「アイドルがすべてを出し切らないと、ファンはついてこないのです。咲はかわいいだけのアイドルに心惹かれるのですか?」
「いや、そういうわけじゃ」
「ほれ見ろなのです。美少女がどんなにかわいい衣装で着飾っても、中身がなければ所詮はただの美少女なのです」
「美少女ならいいじゃん」
乙羽はアタシの言葉を流し、ずずっと熱いお茶を飲む。
それから、アタシにたずねてきた。
「で、『ハニームーン』の咲はすべてを出し切れているのですか?」
乙羽の鋭い目がまっすぐアタシに向けられる。アタシは言いよどんだ。
「……出し切れていない、かな」
いずみに対するわだかまりが、アタシの心をくもらせている。すべてを出し切れているはずがない。
乙羽はシャーベットを追加注文して言った。
「『ヴァルキュリア』の無鉄砲な切り込み隊長、やんちゃ系アイドル犬井咲はどこに行ったのです? 呆れて食後のデザートが喉を通らないのです」
「じゃあ注文すんなよ」
「まったく、お弁当を作ってやっている後輩(第42話)との間になにがあったか知らないけれど、全力を出していない咲になんて、誰も惚れないのです」
「なっ!?」
アタシは言葉につまった。乙羽はアタシの恋の話をどこまで知っているんだ!?
アタシは恨めしい目を雪菜に向けた。
「雪菜、お前なんか乙羽に吹きこんだだろ」
「うふふ。酔っていて、なにも思い出せませんね~」
「お前、ほんといい性格してるよな」
やがて、乙羽が頼んだシャーベットが届いた。乙羽は瞳を輝かせ、スプーンですくい取る。
「人生、上手くいかないことだらけなのです。でも、どんなに醜くても無様でも、一生懸命全力で生きているアイドルに乙羽は惹かれるのです。そして、乙羽は今日も一生懸命全力で生きている。つまり、みんな乙羽に惹かれる。ゆえに、乙羽がNo.1っ♪」
えっへんと胸を張り、スプーンを口にくわえる。「うんまァーっ!」と恍惚の笑みを浮かべて叫ぶ乙羽。
それから、乙羽はアタシにもスプーンを突き出してきた。
「咲も美味しいものでも食べて、明日からまたがんばれ、なのです」
乙羽がにこやかに微笑みかける。
「乙羽……」
悔しいけれど、乙羽の笑顔にきゅんとした。
「ありがと」
差し出されたシャーベットを一口頬張る。
スッキリする冷たさで、甘くて優しい味がした。
翌日。
アタシはいずみと雪菜と共に都内の音楽ショップのイベント会場に来ていた。
舞台袖で出番を待つ。
アタシにもう迷いはなかった。
――今日のステージにアタシのすべてを叩きこむ。
今日だけじゃない。
毎回、全力を尽くすことだけを考えよう。
みじめだろうが無様だろうが関係ない。
等身大のアタシの生き様をさらけ出してやる!
――それで、ファンがありのままのアタシを好きになってくれたら一番いい。
――もちろん、勇も……。
横に並んで立ついずみに、アタシはたずねた。
「なあ、いずみはアタシのこと、どう思ってるんだ?」
いずみは不思議そうな顔をして、それからはっきりした声で答えた。
「最高の仲間であり、最大のライバルだと思っているよ」
なんだ。いずみだってアタシをライバル視してるじゃん。お互い様だ。
アタシの声にも力が入る。
「アタシもいずみのこと、最高に尊敬してる。でも、負ける気ないから」
いずみが微笑み、雪菜が嬉しそうに目を細める。
幕が上がり、アタシたちはまぶしいステージへと駆けだした。
( 次回:「神様からのご褒美(アイドルフェス①)」 )
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