第26話 幼女は「ふりん」を許さない
『ハニームーン』のMVの撮影は無事に終了した。
ファーストシングル『初めてをキミに捧ぐ』の発売は七月下旬。それに先立って六月からはCMが放映され、プロモーション活動が展開されていく。
ぼくは事務所のビルの小会議室で、いずみさんたち三人に切り出した。
「今日は、新曲の宣伝番組の企画を考えてもらいます。採用された企画は収録して、公式サイトで動画配信されます」
うーん、と頭をひねる『ハニームーン』のメンバーたち。
「はい!」
最初に手を上げたのは咲さんだ。
「ファッションショーみたいに、ランウェイを颯爽と歩いてみたいな。かっこいいし」
しかし、いずみさんが難色を示す。
「でも、それなら『ヴァルキュリア』12人でやったほうがいいんじゃないかな? 私たちだけじゃファッションも限られるし」
「うっ、たしかに。そういういずみは、なにか企画あんのかよ?」
「三人でミニゲームはどうかなぁ?」
「ミニゲーム?」
「うん。たとえばね、10回クイズって知ってる? 勇くん、『好き』って10回言ってみて」
ぼくはいずみさんの求めに素直に応じ、指折り数えながら口ずさむ。
「好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き」
「もぅ、勇くんったら……」
いずみさんは頬を朱に染め、照れくさそうにうつむく。すかさず咲さんがジト目でツッコむ。
「おい、クイズはどうしたんだよ?」
こうなると、最後の希望は雪菜さんだ。みんなの視線が雪菜さんに集中する。
いずみさんは、期待に応えるように、にこやかに微笑んだ。
「保育園や幼稚園にお邪魔して、お歌の時間に私たちの新曲を一緒に歌うのはどうでしょう? 子どもたちに浸透すれば、口コミで広がるかもしれませんし」
「「それだっ!」」
後日。ぼくたちは近くの保育園にお邪魔した。
広い遊戯室には、すでにたくさんの園児が集まっている。
提案者の雪菜さんが、頬に手を当て、感激したように笑顔を輝かせる。
「わあ、かわいい幼女がいっぱいですね~」
「雪菜さん、園児と言ってください」
さすがに放っておけず、ぼくは釘を刺した。
一方、咲さんは、恥ずかしそうに頬を赤らめ、不満げに唇を尖らせている。
「なあ、勇。アタシたちはなんでこんな格好なんだ?」
咲さんたちは、子どもたちと同じように、水色の園児服を着せられていた。
「こういう格好をさせて、羞恥心に悶えるわんこが見てみたいって、寧々さんが」
「またあのドSプロデューサーか~っ!」
咲さんは悔しそうに地団太を踏む。
やがて時間となり、『ハニームーン』の三人は園児たちの前に進み出た。
いずみさんが満面の笑顔でにこやかに呼びかける。
「みんなー、こんにちはー」
「「こんにちはーっ!」」
「今日は、お姉さんたちと一緒に遊びましょうねー」
「「はーいっ!」」
いずみさんの声に、元気いっぱいに応える園児たち。なんだか見ていて心がほっこりする。
「まず、私と咲ちゃんと雪菜さん、三つのグループに分かれて一緒に遊びましょうー」
「「わーいっ!」」
園児たちは歓声を上げながら、三人の元へ一気に押し寄せた……かと思いきや。
「ええっ!? みんな、どうして!?」
いずみさんがとまどいの声を上げた。
なぜか、雪菜さんの元にばかり園児が群がりはじめたではないか! 雪菜さんの足に抱きつき、首に手を回し、腕にぶら下がる園児たち。
咲さんが苦笑交じりに疑問を口にする。
「なあ、いずみ。どうしてアタシたちのところには来ないんだ?」
「たぶん、見るからに雪菜さんが一番優しそうだからじゃないかなぁ」
いずみさんはほんの数名を相手にしながら、心配そうに雪菜さんを見守る。
いつもは落ち着き払っている雪菜さんも、今回ばかりはさすがに慌てている。
「ど、どうしましょう。嬉しいのですが、とても私一人でお相手できる数では……。ひゃっ!」
たくさんの子どもたちに抱きつかれ、ついにひっくり返る雪菜さん。
「はぁん……いっ、いけません……変なところを触っては……」
楽しいお遊戯の時間はずが、雪菜さんが園児たちに襲われるハプニングに見舞われている。
咲さんが焦った声で叫んだ。
「いずみ、助けるぞッ!」
「うん、わかった!」
咲さんは雪菜さんのところに駆けつけるなり、大きな声を響かせた。
「がおー、怪獣だぞーっ!
咲さんに驚き、たちまち蜘蛛の子を散らして逃げまどう園児たち。
「逃がすか! オラァッ!」
咲さんはその一人を捕まえると、両手でしっかり抱きかかえた。そして、宙に持ち上げると、
「きゃははっ、おもしろーい!」
興奮ぎみにはしゃぐ園児。すぐに注目の的となり、今度は咲さんの元に子供たちが集中する。
その隙に、いずみさんは雪菜さんの救出に成功した。
「雪菜さんはここで休んでいてね」
いずみさんは脱落した雪菜さんを壁際に座らせ、自ら中央に進み出た。
「さあ、お姉さんと遊びたい子はいるかなー?」
すると、人形を手に持った女の子が一人、いずみさんの水色の園児服のすそを小さい手できゅっと握り、引っ張ってきた。
いずみさんは腰を下ろし、にこやかに対応する。
「なあに? どうしたの?」
「おねーさん、げーのーじん?」
「うん、芸能人だよ」
「じゃあ、ふりんするの?」
「――えっ?」
いずみさんがたちまち硬直する。この女の子、どこでそんな言葉を覚えたのだろう?
「ううん、しないよ。お姉さんは一途だからね」
いずみさんは性格からか、真面目に応えはじめる。
「おねーさん、しゅきな人、いる?」
「え、好きな人? まあ、いる、かなぁ」
前髪をいじりながら、目を泳がせるいずみさん。
「だれ? もしかして、あのおにーさん?」
なんと、女の子はぼくを指さしたではないか。
いずみさんは赤い顔でうつむき、ぼくには聞こえない小声でぼそぼそ話しはじめた。
「……うん、しゅき」
「どれくらい?」
「い……いっぱいしゅき」
「えいえんのあいを、ちかいましゅか?」
「……ちかいましゅ」
頬を真っ赤にしたいずみさんの頭から、もうもうと湯気が立ち上っている。いったいなにを話しているんだ?
すると、女の子は突然立ち上がり、ぼくのところに駆けつけてきた。
「おにーさんは、このなかで、だれが一番しゅきー?」
女の子は純粋な瞳でまっすぐぼくを見上げている。
咲さんが暴れていた動きを止め、いずみさんが息をのみ、雪菜さんが薄い笑みを浮かべる。
ぼくは困惑し、人差し指で頬を軽くかきながら答えた。
「みんな好きだよ」
「…………」
一瞬の沈黙。だが、その直後、女の子がぼくを指さしながら、いきなり大きく叫んだ。
「あ~っ! こいつ、ふりんだ~っっ!!」
女の子の叫び声は、他の園児たちにもたちまち伝わった。
「なんだってー!」
「ゆるせなーい!」
「おんなのてきー!」
園児たちはドドドッ! とぼくにつめ寄ると、一斉に襲いかかってきた。ぽかぽか叩き、蹴り飛ばし、お尻にカンチョーをし、たちまちぼくをフルボッコにする。
「あ
「勇くん、がんばれー」
どんなに救いを求めても、ため息交じりの乾いた声が返ってくるだけだった。
けっきょく、動画ではお遊戯の場面はいっさい使われず、子どもたちと一緒に仲よく歌っているシーンだけが採用されていた。
( 次回:「憑依系アイドル、お姫様だっこで連れ去られる」)
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