第9話 兄が先か妹が先か
虎豹のクダラ、黒豹のコハク、
つまり、クダラ以外食欲旺盛なお年頃の男子たち。
腹が減ったとコハクがねだると、クダラは孫を甘やかすおじいちゃんのように、豪勢な夕食をご馳走するため若者たちを連れて出ていった。
トキツも退出しようとしたが、夕食を用意させたからと止められ目の前に三人分のステーキが並んでは断るわけにいかない。城内の宿舎では絶対に出ない分厚いステーキを前に、トキツは心の中でガッツポーズを決めた。
ぎこちない手つきで切り分け、まずは塩だけで一口。口の中に入れた瞬間とろけた。別の器に入っていた濃厚なソースをかけると熱々の鉄板から香ばしい匂いが立ち込める。
ふとロウを見ると高級料理にふさわしい慣れた手つきでナイフとフォークを扱っていた。
元は平民でも男爵の位を授かるとこういう機会が増えるのだろうか。そういえば昔から、勉学はもとより武術も人より優れ、習えばなんでも完璧にこなす男だったと古い記憶を呼び起こす。
ロウは目つきが悪く始終仏頂面なので怖がられてはいるが、正義感に溢れ面倒見がよいので地元ではその男気と強さから男性ファンが数多くいた。近寄りがたい雰囲気がいいと言う女性の隠れファンがいたことも知っている。
「トキツは方々を旅していたと聞いたが、帝都へ来る前はどこに?」
それまでロウと雑談していたジェラルドに突然話を振られ、慌てて口に残っていた肉を飲み込む。
「イリウム州です」
イリウムは帝都の真北にある州だ。
「そういえば、そこで陛下が作った薬があると聞いたのですが」
「私は指示しただけだ」
魔法が使えるこの国は怪我や病気の治療も魔法に頼っている。
それを補完するため薬草の類はあれど、どうしても採取時期や場所は限られており、野生品を個人で採取・加工するので薬効に偏りがあったり高額で取引されている。
そのためジェラルドは、薬草の大量栽培をしたり、医療の先進国から人を雇い入れて、有効成分を抽出した薬の開発・普及等をイリウムの知人に命じている。
これはまだ皇帝となる前から進めていたことで、ようやく最近日の目を見た。ただ、魔法以外の方法で治療することを不満に思う者たちは少なからずおり、妨害されることもしばしばだ。
「他の国も行ったことはあるか?」
「リロイとウイディラなら」
「お前から見て、この国をどう思う?」
「どう、とは?」
それは答えに困る質問だ、とトキツは思った。
貴人の望まないことを言ってしまえば、首が飛ぶ恐れがある。
トキツの懸念に気づいたジェラルドは苦笑した。
「この国は、他国と比べて魔力に頼りすぎと思うか?」
「それは、平均して魔力が高いのですから当然でしょう」
「それをお前はどう感じている?」
返答に窮しロウに助けを求めるがこちらを見もせず酒を飲んでいる。
恐る恐る口を開く。
「……危うい、とは思います」
魔法に頼るのを悪いとは思わない。その方が明らかに効率的だ。
だが、貴族と平民の格差が年々広がっている中、過ぎるのはよくない。
周辺諸国は強い
「魔力を必要としない設備・道具の類は明らかに他国のほうが優れています」
そこまで言ってしまって、はっと気づく。さすがに無礼過ぎるだろう。青ざめてゆっくり貴人の顔色を窺うと、怒るどころか満足げな笑みを浮かべていた。
「やはりロウの血縁だな」
「遠い、な」
やや含みのある言い方をするロウも、どこかしたり顔だ。
「な、なにか」
「ギジーはなかなか良い魔物だ」
「はぁ」
「そんな授印がいる奴は、大抵魔力を重視していて、お前のように考える奴は少ない。少なくとも、私の周りはそうだ」
魔力の高さが権力の高さ、そう考える貴族でこの国の中核は構成されている。貴族でなくても、高い魔力を有する者はそれだけで傲慢になり、無い者のことなど考えない。
「だから本題に入る前に、お前の考えを聞いておきたかった」
「本題、ですか?」
ジェラルドはトキツに、祝賀パレードで皇帝暗殺を狙ったロナロの協力者を探していること、手がかりに銃の入手経路を探っていること、そして村に残された人たちが殺されたことまで伝えた。
彼はそれに真剣な眼差しで聞き入っている。もし彼が先ほど懸念した考えを持っていたなら、魔力のない者が起こした事件になぜそこまでこだわるのか不思議に思うだろう。攻撃魔法以上に強力な武器などないのに、皇族ともあろう者が怯えるなんてと罵るだろう。実際、先々代の皇帝に従っていた主戦派の貴族から影でそう嘲笑されている。
ジェラルドとて、魔力を軽視しているわけではない。国防のために魔法の強化・訓練も重要事項の一つだ。しかし、無視できない世の流れというものがある。
「それで、ロウ。状況を教えてくれ」
「輸入品に銃の記録はないが、国内で銃を使った事件は昨年から把握できただけで九件。そのうち犯人が捕まったのは四件、犯人はイリウム州かケデウム州出身で銃は全てリロイ製だった」
販売目的での輸入品は記録しているが、個人で身に着けている分はこの限りではない。リロイは隣国なのでそこで買って持ち帰ってきたのだろう。もちろん、袖の下を使った販売目的の輸入がないとはいえないが。
「待てよ、ロウ」
トキツが懐疑的な声で止めた。
するとロウはわかっている、と目で制する。
「ここまでは、イリウムとケデウム警察からの報告だ。先日トキツたちが捕まえた強盗の情報はなかった」
「ちょっと待て」
今度はジェラルドが懐疑的な声で止める。
「なんだそれは。まさかセイレティアが公務を抜け出したのではあるまいな」
(し……しまったー!!)
トキツの額から汗がだらだら噴き出してきた。そういえばジェラルドには内緒にしていたのだった。
深くて重くて長い溜息をつくジェラルド。
「お前は誰に仕えている、トキツ」
「……陛下です、もちろん」
じとりとした目で見られたが、これ以上追及する気はないらしくロウに続きを促す。
「ケデウムの警察からその強盗の報告はなかったが、トキツの証言と似た二人組の遺体が発見されている」
「遺体で?」
「銃は見つかっていないし、別の殺人事件として処理されていた」
「だ、だけど、確かに警官が連れて行ったんだぜ?」
「報告書にはない。俺の部下が何度確認しても知らぬ存ぜぬだったそうだ」
それはどういうことかと、一同は同じ結論にたどり着く。
「他の犯人も同じように殺されている可能性がある。報告されていない事件もありそうだ。現地の警察は当てにならないから、少々手荒なやり方になるがいいな?」
淡々と不穏なことを言うロウ。
顔色を変えずにジェラルドは頷き、トキツに目を向けた。
「その時に見た銃がどこのだったかわかるか」
「ウイディラ製でした。二つの国の銃を見比べたことがあるので確かです」
「他に気になることは?」
「強盗は銃を安く買ったと言っていましたが、変なんですよね。ウイディラ製はリロイ製より精巧だけど高い。あんなごろつきがよく買えたなーと」
「……そうか」
ジェラルドはそれを聞いて考えこむ。
「調べるほど新たな問題が出てくるな。街で銃の事件が増えているなら、それについても対策を講じねばならん」
仕事がまた一つ増えたらしい。
どこか哀愁漂う皇帝を尻目に、ロウがついでとばかりにトキツに向かって口を開いた。
「そういえば、俺に何か知らせたいことがあると言っていたな」
「ああ。ケデウムの夜店で、こんなものが売られていたんだ」
そう言ってトキツが取り出したのは、赤い石だった。
高さ三センチほどのピラミッド型の物体で、傾きを変えると所々色の深みが変わる。パレードの列の周りに張られた結界を破った赤い石に似ていた。
事件に関わっていた兄弟が言うには、持つと力が抜けていく感覚があったという。
眉根を寄せたロウが手に取る。しかし、そういう感覚はない。
「試しに魔力を当ててみたけど変化はなかった。だけど」
トキツは口直しに用意された水が入ったグラスを、二人がよく見えるよう中央へ置いた。
水の量はグラスの三分の一にも満たない。その中へ赤い石を入れる。
すると、水がみるみる増え、溢れた。スプーンで赤い石を取り出してようやく止まる。石に変化はない。
「効果は知っているのと違うけど、気になるだろ?」
「これが、夜店に?」
「店の親父はキレイだから拾ったと言っていた。ただの変わった石ころだと思っていたようだけど。拾い物だから安く譲ってくれて、一応全部買い占めといた。それから……」
懐から一枚の紙きれを取り出す。
「店の主人と仲良くなって名刺もらったんだけど、いる?」
二人は目をパチパチさせる。
「……本当にいい人材を連れてきたな」
「おもしろい奴だろう」
一応褒められているらしい。
「セイレティアにこのことは?」
「言っていません。言ったらまた首を突っ込むと思ったので」
「賢明だ。どうせ今は、そんな余裕ないだろうが」
ジェラルドの表情が陰る。
トキツも心配しているが、もう一つ気になることがあった。
「あの、一つよろしいですか」
「なんだ」
「俺って、短期雇用ですよね? なのに、こんな重要なお話聞いてしまっていいのでしょうか」
ツバキが結婚するまでの約二年という契約だったはずだ。
するとロウが呆れた声を出す。
「まだそう思っていたのか」
「え? は?」
狼狽えるトキツ。
ジェラルドが立ち上がり、先日取り交わした雇用契約書をトキツの眼前に突き出す。
やはり、備考欄に”セイレティア=ツバキの護衛二年”とあった。
トキツがそこを指さすと、ジェラルドは紙をある箇所へ滑らせた。
「よく見ろ。ここに、本紙無期限有効とある。備考欄の内容は契約の一部にすぎない。つまり、護衛以外は無期限だ」
(…………無期限なんて文言あったか? あったような、なかったような)
トキツは混乱して思考がぐるぐる回り始めた。
(報酬に目がくらんで見逃したのか? いや、なかったような気もするが。それならいつの間に付け加えた? いやいや、皇族がそんな姑息な手を使うはずがない。待てよ、保証書を偽造したあの皇女様の兄ならやりかねないか。あ、この兄だからあの妹がいるのか? お、落ち着け、そもそもこんな横暴な契約書があってたまるか。いやしかし……)
「本当にいい人材だ」
「おもしろいだろう」
プチパニックに陥っているトキツの横で、二人は静かに酒を酌み交わした。
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