第16話 魔王?
廊下を歩くたび靴音が勝手に響くように、すれ違うたび人の顔が勝手に青ざめていく。
それを気にすることなく進んで、喚声が飛び交う場所に出た。そこは帝都の城内にある近衛兵の訓練所。その中心にいる人物に目を止め、眉を寄せる。
「何してる」
『因縁つけられちまってよぅ。なんとかしてくれよロウ』
ギジーが長く白い手でロウのズボンを掴んだ。
訓練場の中心にいるのはトキツ。なぜか近衛兵たちが数人がかりでトキツに挑んでは投げ飛ばされたり吹っ飛ばされたりしていて、残りの兵が彼らを取り囲み野次っている。
『最初は、皇女の護衛に抜擢されたくらい強いなら指南して欲しいって頼まれたんだけど』
要は平民が皇女の護衛に就いたのが気に食わず、痛めつけてやろうと考えたのだろう。最初は一対一だったのが、なかなか倒せず二対一、三対一と増えて行って、現在は十対一になったらしい。暇人の集まりかと呆れた。
「いつ終わる」
『さあ』
『俺が助太刀してやろうか?』
コハクが目を爛々とさせた。急いでいるので構わないかと考えていると。
「今は武術稽古中だから魔法禁止だ」
額に深い皺が刻まれた長身の男がやってきた。階級章から察するに、今トキツが相手をしている小隊の隊長。階級だけで見ればロウが上だが、近衛兵は伯爵以上の貴族で構成されるため爵位は男爵のロウが下になる。
「終わらせてくれるか」
「だめだねえ。まだ時間じゃないから」
「皇帝に呼ばれている」
皇帝と聞いて隊長の顔が引きつった。
「どうしてお前やあいつみたいなやつが、皇帝直々に呼ばれるんだ」
「知るか。文句なら直接あいつに言え」
隊長はロウの不遜な態度に歯ぎしりし、睨みつけた。そして妙案が浮かんだとばかりににやりと笑う。
「ではお前とあいつで、ここの全員を一度に相手にして勝ったら終わらせてやろう」
「わかった」
ロウはあっさり返事をして、制服の上着を脱ぎコハクへ投げる。コハクはブルブル体を揺すって頭に被った制服から顔を出した。
『俺がやりたい!!』
「魔法は禁止だと聞いただろ」
我慢しろと告げたロウが訓練場へ入るとそこにいた全員の動きが止まる。「あれが噂の…」と囁きあう声が聞こえた。
兵の数は五十。訓練用に刃をつぶした剣を持っており、対してトキツもロウも武器を持っていない。隊長から趣旨を説明された兵たちはこれなら勝てると意気込んだ。
ロウはトキツの前に立って眉間にシワを寄せ、深くため息をつく。
「何をやっているんだ、お前は」
「いや、一応指導ってことだから、ケガさせたら悪いかなと思って」
「バカか。さっさと終わらせるぞ」
挨拶を終えて、二人は背中を向けあう。
ロウは拳を反対の手に打ち付け指を鳴らした。なかなか進まない調査でストレスもたまっていたし、事務仕事でなまった体を動かすにはちょうどいい機会だ。
いつも仏頂面のロウの目が光り、不敵に笑う。
それを見た兵たちの顔がさーっと青くなった。すでに腰を抜かして戦意を喪失する者もいた。「ま……魔王?」とどこかから声が上がる。
「はじめ!」
隊長の号令とともに血気盛んな若者が一人飛び出した。剣をロウの顔めがけて振り下ろす。ロウは難なく避けて若者の顔を蹴り、剣を奪った。
トキツも、これまで何度も投げ飛ばしては向ってくるしぶとい男の手を捻り上げて剣を頂き、しばらく起き上がれない程度に殴打する。
その後も早かった。ロウは無駄のない動きで一撃で相手を倒し、トキツは一度に複数倒していく。トキツが解せなかったのは、兵がなぜかトキツにばかり向かってくることだった。おそらく七割方こちらに来た。
結局五分足らずで終了し、ぽかんとする隊長の肩をたたいてロウたちは目的地へ向かった。
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