第7話 訓練

  始祖の森。

 バルカタル建国の祖と印を結んだ魔物たちやその子孫が住まう森は、魔物にとっては、始祖を通じて神と印を結んだ魔物たちが住んでいた森だ。人々から崇拝の対象とされているように、魔物からも聖地として崇敬されている。


 よって森の上空には雲のように流れる魔物が聖地参拝とばかりに集まってくることがある。

 すると森の入り口にある城の上空も通るわけで。今日も参拝のついでに興味を惹かれてやってきた空の魔物たちが、とある少女を見下ろしていた。


 ツバキは城と森の間にある広大な大地の中心に立っていた。

 そして両手を前に出し、クディルと呼ばれる、両端がとがった縦長の楕円形のダイヤモンドのような物体を宙に浮かべて塔を組み立てていく。いわゆるトランプタワーのクディル版。それを魔力を使って空中で行っていた。

 ツバキの手から現れた金色の糸がクディルを持ち上げ、グラグラ不安定に浮かび、三段目に乗せようとして、失敗。すべて崩れて地面に落ちた。


「……どうしてこんなに難しいの」


 がっくりうなだれる。

 これで何回目だろう。いや、何十回目だろう。散らばったクディルを一つ一つ集めるのがむなしい。


「まさかこんなに基礎がなってないとは思わなかった」


 呆れ返るトキツがツバキの前に立っていた。

 貴族でも軍人でもない彼がツバキの護衛として入城できたのは、魔力の訓練も兼ねているからだった。正確には、ジェラルドが指導の資格を取らせて立場を作った。


「初等部の学生でも四段作れるそうだけど」


 トキツが右手を前に出すと、散らばっていたクディルが引き寄せられ二十段の真円の塔ができる。


 クディルは魔力に反応して動く特殊な道具で、これを組み立てるのが貴族の学園の必修科目となっている。


「習わなかったのか?」

「お父様に禁止されていたから、授業を受けられなかったの。興味はあったけど、私にはすでにカオウがいたから、やっても意味がないし」


 綺麗な真円を羨望の眼差しで見上げるツバキ。

 十六歳になるまで魔物と契約してはいけない決まりがあるのに、ツバキはそれを破って五歳でカオウと契約した。

 激怒した父親はカオウを正式な授印と認めず、世間には彼の存在を隠していた。

 他の魔物と新たに結ぶことも禁止されたので、皇女として受けるべき訓練どころか、学園の授業も免除されてしまった。学校側も帝の命令には逆らえない。

 しかし数か月前、父親が退位し一番上の兄が皇帝となったのを機に、カオウの存在を公にし訓練も許可され、この現状がある。

 もっとも、長年隠していたことは言えないので、表向きは最近契約したということになっていた。


 そんな事情を聞き、トキツはうーんと唸った。


「この訓練は魔力の制御にもつながるからかなり大事なんだけどな。じゃないと、ごっそり取られる可能性がある」

「そうなの?」

「魔力を与える量をこちらが調整して主導権を握らないといけない」


 自分より高い魔力を持った魔物と契約すると、魔力を吸い取られて最悪死ぬこともある。そのため皇族でなくても十六歳ごろに印を結ぶ風潮があった。


「だからカオウに魔力をあげると、たまに頭がくらくらするのかしら」

「これを習得したらそれもなくなるはずだ。……というか、カオウは普段からもらい過ぎなんだよ」

「だってうまいんだもーん」


 猫じゃらしで猫と遊ぶように、綿伝という綿のような魔物と遊んでいたカオウは、だるそうに寝そべったまま悪びれもなく答える。

 人にはよくわからないが、魔力には味があり体のどこから吸い取っても感じるらしい。

 しかも魔力が高ければ高いほど美味らしく、どれだけ瀕死の状態でも回復できるほど質も良い。良薬口に苦しというが魔力はこれに当てはまらない。

 蝶と追いかけっこしていたギジーがそれを聞いてよだれを垂らす。


『いいよなぁ。皇族の魔力って舌がとろけるくらいうまいんだろぉ。ツバキ、ちょっとでいいから分けて……』


 軽い気持ちで言っただけだ。本気で分けてほしいと思っていなかった。

 だが、彼の逆鱗に触れてしまった。


 ゾワ……っとギジーの毛が逆立つ。

 森から鳥が飛び立ち、カオウのそばにいた綿伝が怯えてツバキの髪の中へ隠れる。

 トキツの肌がピリピリしびれ、ツバキが空を見上げると、それまでツバキの奮闘を眺めていた空の魔物たちも雲の子を散らすように離れていった。


『わ、悪かったよぅ……。冗談だよ』


 ギジーがトキツの頭にしがみついて震えている。

 鋭い眼光を向けて威圧していたカオウは気をそがれて再び横になった。

 しかし切り裂かれるような空気は少しも和らぐことはなく、そんな中近づけるのは一人しかいない。トキツがツバキに目配せする。 


 ツバキは寝転がるカオウのそばで膝を抱えるようにしゃがんだ。

 彼は腕で目を隠していて何を考えているのかわからない。


「ねえ、どうしたのカオウ? 最近変よ?」


 二週間ほど前にケデウムから帰ってきてから、ずっと気怠そうで機嫌が悪かった。元々朝は弱い体質だが、昼まで起きないこともしばしばだ。

 あの夜からどことなく二人の間に気まずい雰囲気が流れている。


「……別に。疲れてるだけだよ」

「じゃあ、先に部屋へ戻って休んだら? サクラに連絡しておくから」


 髪の中に隠れていた綿伝を取ろうとすると、カオウがツバキの右手首を掴んだ。


「いいって。ここで休む」

「風邪ひいちゃうよ。私はもう少しトキツさんと訓練したいし」


 手首を握るカオウの手に力が入った。

 金色の糸がツバキの手首からカオウの手首へ伸びる。

 糸はみるみる太くなっていき、魔力がとめどなく流れていく。


「…………っ!」


 魔力を吸い取られ、ツバキの力が抜けていった。

 朦朧とし、膝をつき、掴まれていないほうの手で体を支えるが長く持ちそうにない。


「…………んっ……あ……」


 異様な速さで吸い取られていく。倒れるほど魔力をあげたパレードの時よりも。


「いや……。やめて……」


 カオウは顔を隠したまま、思念で懇願しても何も応えない。

 恐怖で震えた。もし、このまま吸い取られたら。


「カオウやめろ!!」


 トキツがカオウからツバキの手を無理やり引き離した。気を失いかけたツバキの体を支える。


「何やってるんだ、さっき注意したばかりだろう。大丈夫かツバキちゃん」

「……うん。ありがとう、トキツさん」

 

 はあはあと荒い息を整えるツバキ。カオウはそれでも顔を隠したまま。


「もういい」


 そう言って瞬間移動して消えてしまった。





 後に残されたツバキはトキツの手からずるずる崩れ落ち、へたり込む。


「……どうしよう」


 顔が真っ青だった。


「わ、私……何かしちゃったのかしら……」


 手が震えている。


「魔力がうまく制御できないから、呆れちゃったのかな」


 肩を支えてくれるトキツを見上げた。


「……魔力が足りないのかもしれない」

「足りない?」

「カオウはもうすぐ成長して、魔力がもっと上がるらしいの。そしたら、私が死ぬかもしれないってお父様は気にしていた」


 視線を落とす。


「私……魔力が上がったって言われて、慢心していたのかもしれない。カオウが成長しても耐えられるだろうって根拠もないのに信じてた。でも、違っていたんだ」

 

 もしあのまま吸い取られていたらと考えるとぞっとした。


「もしかして、カオウは少しずつ成長していて、魔力が上がっていた? それで私には耐えられないって気づいて……」

 

 ツバキの目に涙が溢れてきた。


「カオウが欲しいだけ魔力をあげられないから、愛想をつかしたのかもしれない。……どうしよう。私、嫌われてしまった」


 ぽろぽろこぼれていく。悪い考えしか思い浮かばなくなっていた。


「いなくなっちゃう。私から離れて行ってしまう」


 母と姉に続いてカオウまでいなくなったらと想像し、両手で顔を覆う。嗚咽が漏れる。胸が苦しくて仕方なかった。


 トキツはツバキの肩を胸元へ抱き寄せた。さらりと髪が流れ、甘い香りが鼻孔をくすぐる。


「大丈夫だよ。カオウは魔力のためだけにツバキちゃんといるんじゃないと思うよ」

「……」

「とりあえず、もう帰ろう。カオウも頭が冷えたら戻ってくるさ」


 ツバキは素直に頷き、トキツとともに自室へ帰る。



 しかしその日、カオウは帰ってこなかった。

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