第55話 とあるあぶない水着のエンカウント

「ぐおおお!」


断末魔の雄叫びを上げて倒れたのは、

同族である魔族だ。


オレは小さく息を吐くと、

剣を一振るいして付着した血を払った。



「オレに刃を向けた自身の愚かさを、

地獄で悔いることだ」


「く・・・くそ・・・」



装備していた重厚な鎧を引き裂かれた魔族が、

口から大量の血を吐き出しながら苦々しく言う。


「貴様の・・・ような・・・

魔族の・・・恥さらしに・・・」


恥さらし?

それは誰のことだ。

無様にも地に伏したこの者こそが

魔族の恥さらしでないのか?


魔族とは強くあるべきだ。

何よりも強さを求めるべきだ。


強さのためならば

他の何をも犠牲にできる。

そんな気概を持てる者こそ――


真の魔族だと言えるだろう。


そして強さのために全てを捨てたオレは――

真の魔族と名乗るに相応しいはずだ。


負け犬の戯言に耳を傾けるのも愚かしい。

血の付いた剣を鞘に収めて、

オレは帰路についた。


深い森の奥。

枝葉を強く揺らした風が――


オレの全身を包み込んでいる

紺色の『あぶない水着』をさらりと撫でた。



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人間のことわざには

『背水の陣』という言葉がある。


自身を追い詰めることで

力を引き出すという意味だ。


愚かしい人間ながら、

その言葉は的を射たものだ。


ゆえに、

より高みを目指したオレは

自身を危険に晒すことにした。


装備は剣ひとつ。

防具などという軟弱なものはつけない。


一太刀でも浴びれば絶命する。

その緊張感がオレをより強くする。


だがさすがに全裸で動き回るわけにもいかない。

そこでオレはある防具をまとうことにした。


それが『あぶない水着』だ。


この水着ならば防御力は皆無。

つねに死と隣り合わせとなり、

神経が鋭敏となるのだ。


そして事実――

オレは強くなった。


この水着を装備して後、

オレは同族である魔族にでさえ

後れを取ることなど一度もなかった。


オレは間違いなく――

魔族としての格を上げたはずだった。



だがそんなオレに、

世間の目は冷たかった。


どうやら際どい水着(しかも女性もの)

で歩き回っているオレが

気に入らないらしい。


魔族の集落に戻れば、

オレは陰口を叩かれ、

時には石を投げつけられ、

時にはゴミをぶつけられ、

時には唾を吐きかけられ、

時にはカンチョーをされ、

時にはお前の母ちゃんデーベソと言われる。


何とも下らない連中だ。


魔族とは強き者だ。


外見などという

些末な問題を気にして、

強さを得ようとしない。


そんな軟弱な者の言葉に

オレの心が揺さぶれることなどない。



ある日、

集落を何気なく歩いていたオレは

いつものように同族からナイフを投げられたり

落とし穴に落とされたりしていた。


そんな折、

オレはある人間の噂を聞いた。


「ほう。魔族狩りをしている人間か?」


興味深くそう聞き返すと、

同族の魔族が眉をひそめて頷いた。


「ああ。すでに五人の仲間がやられている。

勇者ではないようだが手練れだよ。

生き残りがいないため人間の詳細は分からんがな」


「人間ごときに後れを取るとは・・・

人の外見などに文句を言う前に、

貴様らはもっと力をつけるべきだ」


皮肉にそう言ってやると、

同族の魔族が苦々しく顔をしかめた。


因みにちょうどその時、

オレの頭に石が当たった。


「面白い。オレがその人間を殺してやる」


「・・・いくらアンタでも、

今回ばかりは相手が悪いかもしれんぞ」


先程の仕返しのつもりか、

同族の魔族がそう言ってくる。


オレは女々しいその同族にニヤリと牙を剥いた。


「貴様らと一緒にするな。

オレはこの水着を手にして強さを得た。

誰にも負けはしない」


そう言い終えた時に、

バケツ一杯の水を頭から被せられた。



==========================



魔族狩りをしている人間を狩る。


そう宣言したオレを

集落の者たちは遠回しに止めてきた。


連中がそれをする理由は想像がつく。

彼らは水着を装備した魔族がいるなど、

人間に知られたくないのだろう。


本当に下らない。

心からそう思う。


すでに五人もの魔族が殺されたというのに、

何を悠長なことを言っているのか。


外見ばかりを気にして、

中身をまるで見ようとしない。


だから弱いままなのだ。


だがオレは違う。

外見などどうでもいい。

周りの目など気にしない。

求めるものは――


純粋な強さだけだ。


(どうでもいい。

他人の格好ばかりを笑いものにする

連中などどうでもいい)


そう思う。

本当にそう思っている。


(下らん。ああ下らん。マジ下らん。

強き者はそんな些末なことなど気にしない。

周りの評価などどうでもいい。

純粋な強さこそがオレを語る唯一のものだ。

だからそう――)


周りの目など気にしていない。

本当に・・・気にしていない。




魔族狩りをしている人間が

出没する森に到着した。


そしてすぐに一人の人間と遭遇する。


向こうもこちらに気付き、

鋭い殺気を投げつけてきた。


この肌をピリつかせる気配。

間違いない。


この者こそが――

魔族狩りをしている人間だ。


互いに距離を詰めていく。

足運びから手練れだと分かる。

これまでにない緊張感。


尻に食い込んだ水着を指先で整えつつ、

オレは人間の全身を視界に収めた。


そして――息を呑んだ。


四十代ほどの髭を蓄えた屈強な男。

その男が――

紺色の『あぶない水着』を装備していたのだ。


ぽかんとする。

すると人間もまた

オレの装備している水着に気付いたのか、

ぽかんと目をまるくした。


さわさわと枝葉を揺らす優しい風。

涼やかな風に吹かれながら互いに見つめ合う、

同じ『あぶない水着』を装備した二人の男。


人間と魔族。


しばしの静寂。

いつの間にかオレは――


自然と涙をこぼしていた。


人間もまた涙をこぼしている。

もはや言葉で語る必要などない。

二人の想いは同じだ。


オレはゆっくりと歩き出す。

人間もまた歩き出した。


お互いの距離が詰まり、

目の前にまで来た時――


二人は力強く抱き合った。

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異世界はモブキャラの仕事でできている 管澤捻 @aoyasai

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