第24話 とある人間と魔族の君の名は?

「君の名は?」


魔族が少女に尋ねる。


「君の名は?」


少女もまた魔族に尋ねる。


場所は人里離れた森の中。


そこに少女と魔族が向かい合い、

座っていた。


魔族が大きく溜息を吐き、項垂れる。


「どうして、こんなことになっちゃったのかしら?」


魔族の呟きに、少女が苛立たしげに言う。


「それはこっちのセリフだ。どうなっているんだ一体」


魔族と少女が同時に溜息を吐き

同時に同じ言葉を吐き出す。


「まさか、体が入れ替わるだなんて」


森に風が抜ける。


さわさわと揺れる樹々。


その音が止むのを待ち、

魔族、もとい魔族と体が入れ替わった少女が言う


「まあ……いいか」


「よくないだろ!」


少女、もとい少女と体が入れ替わった魔族が声を荒げる。


「この状況の何が良いんだ!

早く元に戻らんとえらいことだぞ!」


「別にいいじゃないですか。

少し外見が変わっただけで

たいした問題じゃないし」


「生涯ナンバーワンに選ばれるほどの

重大事件だ! 何をそんなのんびりとしている!?」


魔族の姿をした少女が、

はあと溜息を吐く。


「どうでもいいんです。外見なんて。

私には何の意味もないんだから」


「……どういうことだ?」


「……私ね、自殺をするために

この森に入ったんです」


魔族の姿をした少女の言葉に、

少女の姿をした魔族が息を呑む。


魔族の姿をした少女が苦笑して頭を振る。


「だから、すぐ死んじゃうあたしにとって、

外見なんてどうでもいいことなんですよ」


「……なるほどな……ん?」


魔族の姿をした少女が、

おもむろに立ち上がり――


近くの樹に吊るされていた

縄の輪っかに、首をかける。


「さようなら。みん――」


「わわわわわあ! ちょっと待て!」


少女の姿をした魔族が、

転がっていた剣

(少女に襲い掛かるさい装備していた魔族の剣)

を拾い、首吊り用の縄を切り裂いた。


魔族の姿をした少女が

不満げに声を上げる。


「ちょっと何するんですか?」


「何するんですかじゃないだろおおお!」


少女の姿をした魔族が声を荒げる。


「俺の体で勝手な真似をするな!

自殺なんかされたら、俺が体に戻るときに

えらいことになるだろうが!」


「……貴方に何が分かるんですか?」


魔族の姿をした少女が、瞳に涙をためる。


「私の苦しみも分からず、

どうして自殺を止めるんですか!

生きていたって辛いことばかりなんです!

死んでしまった方が楽になれるんです!

つまらない慰めなんてしないでください!」


「してないぞ! 慰めなんて!

俺の体で死なれたら困るから止めてるんだ!」


「貴方のようにきれいごとばかり言っても、

世界は残酷なんです! 

もう生きるのに疲れたんです!

私を死なせてください!」


「体を元に戻してから勝手に死ね!

だがその身体で――わあああああ!」


どこからか鋭利なナイフを取り出し、

自分の喉元を突こうとする

魔族の姿をした少女。


そのナイフを

少女の姿をした魔族が

咄嗟に弾き飛ばす。


「ちょ……またですか!

どうして……どうして止めるんですか!」


「だから俺の体だからだ!」


「私が死んだって、貴方には関係ないでしょ!」


「大ありだ! ちょちょ……取り合えず落ち着け、な?

何だってそんなに死にたいんだ? 理由を聞かせろ」


少女の姿をした魔族が非常に不本意ながらも、

魔族の姿をした少女に自殺の理由を尋ねる。


魔族の姿をした少女が涙ながらに語る。


「婚約までしていた彼にフラれたんです……」


「は? そんなこ――ああああああ!」


即座に睡眠薬を呑み込んだ、

魔族の姿をした少女。


少女の姿をした魔族が

咄嗟に背中を叩き、

睡眠薬を吐き出させる。


「こほこほ……そんなことって言おうとした」


「いや俺が悪かった! ああ! なんて奴だ!

許せない悪党だなあ!」


少女の姿をした魔族が拳を握り

とても憤慨した演技を見せる。


「そんな奴、俺がギッタンギッタンの

ボッコボッコにしてや――おいいいいい!」


リストカットを試みる

魔族の姿をした少女を、


また間一髪で止める。



「……私の元彼に暴力を振るわないで」


「なんだか難しいぞ! ととと……とにかく、

死ぬのは駄目だ。俺は人間の美しさなど分からんが

お前はそう……美人さんだ。

きっとすぐに新しい恋が見つかるから、な?」


「……」


魔族の姿をした少女が、

小さく頭を振る。


「……どうして貴方は私に

そんなに優しくしてくれるんですか?

赤の他人だというのに」


「いや俺の体――だからちょっと!」


魔族の姿をした少女が起動させた、

電動のこぎりの電源を即座にきる。


「もはや死ぬ気があるのか!?

なんか自殺を利用しているようにも見えるぞ!」


「どうして優しくしてくれるんですか?」


「……ああ、そう、放っておけるわけがないだろ?

それが人としての道だからな」


心にもないことを話す、少女の姿をした魔族。

すると、魔族の姿をした少女が――


無言で駆け出して近くの崖にダイブした。


「なんでじゃあああああああああ!」


少女の姿をした魔族が咄嗟に駆けだし

落下していく、魔族の体を受け止めた。


足に踏ん張りを利かせ、

両手で魔族の体を支える

少女の姿をした魔族。


ぎりぎりと歯を食いしばる彼に、

魔族の姿をした少女がことも何気に言う。


「……新しい恋がしたい。

自殺しようとした少女を助けた

ところから始まる、

ロマンチックなやつがいい」


「うおおおおおおおおい! マジかこのアマ!」


つまり、この場で告白しろということか。


そもそも魔族と人間で恋仲になれるわけもないし、

仮に種を超えた恋があろうとも、

こんな危ない女はごめんであった。


「今、この瞬間に恋をしないと、

なんだから掴まれている

手を振りほどきたくなりそうなの」


「考え直せ! な? 魔族と人間!

住む世界が違う! お前なら生きていれば

きっと素晴らしい男に巡り合えるって!」


「もう誰でもいいの!

相手が魔族だろうとアメーバであろうと、

ヘッポスリゴルブザンギラフだろうと、

私に優しくしてくれる人を好きになりたいの!」


「ヘッポなんちゃらは知らんが、

俺はアメーバと同類かああああ!?」


「えいえい、ぐいぐい」


「おいこら! 岩肌に足かけて、

崖下に引きずり込もうとするな!」


このままでは、自分の体どころか

自分の魂さえも、崖下に転落する。



魔族は――覚悟を固めた。



「お……俺! 実は君のことが好きなんだ!

だから君に死なれたくないんだ! 本当だ!」


少女の姿をした魔族の告白に――


魔族の姿をした少女が、瞳を潤ませる。


「ほ……ホント? ほんとに私のことが好きなの?」


「ほほほ、ほんとほんと! マジだから!」


「だって私、貴方が思うほど可愛くないよ?

性格だってきっとよくないよ?」


「それは分かって――いやいやそんなことない!

君は可愛いし性格もいいから!」


「こんな不細工な顔しているし、肌は緑色だし、

くさい臭いはするし、私の村では歩く肥溜めって

呼んでいるのよ?」


「おいいい! こっそり俺をディスるんじゃねえ

――と何でもない! そんな君が好きなんだああ!」



「うれしいい!」



魔族の姿をした少女が笑顔を浮かべた。


その瞬間――




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「……あれ?」


「……あら?」


体と魂が元に戻る。


どうやら体の入れ替わりは、

一時的なものであったらしい。


少女がきょとんと首を傾げ、

自分が両手に支えている魔族を見下ろす。


「なんか、元に戻っちゃいましたね」


「……そのようだな」


ほっと息を吐く魔族に

少女がニコリと微笑む。


「慰めてくれてありがとうございます。

なんか元気が出てきて、死ぬ気がなくなりました」


「……それは何よりだな」


「それでさっきの告白の返事なんですが、

魔族となんか付き合えないので、お断りします」


「…………………へ?」


きょとんと目を丸くする魔族。


少女が微笑みを浮かべたまま淡々と言う。


「あと、魔族さんを引き上げる力は

私にはありませんし、このままだと私も危ないので

すみませんが手を離しますね」


「は? いやいやいやいやいやいや

いやいやいやいやいやいやいや

いやいや、冗談だろ!?」


慌てふためく魔族に――


少女はあくまで笑顔で語る。


「私はすぐに素敵な人間の彼氏を見つけて幸せになるので、

心配しないでくださいね」


「うおおおおおおい! 何だったの!?

この一連の流れは何だったの!?」


「貴方のような優しい魔族がいたことは

決して忘れません。はい……四日ほどは」


「まてまてまてまてまて! マジで」


「では、さようなら」


朗らかな微笑みを浮かべた少女が――


あっさりと魔族の手を離した。

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