昨日彼女が洗っていた白いワンピースは青空の下サラリと気持ちよく乾いた。裸の体にそれをまとった彼女は、指定されたコンテナの上に腰掛けた。僕は梯子から下りると彼女を見上げた。


 朝になると、彼女は再び元の彼女に戻っていた。だから、僕はそれ以上彼女に逃亡を勧めることができなかった。


 彼女は僕には見えないチェーンで縛られている。それをそのままにしているのは、彼女の意志なのだ。


 彼女はコンテナの上から僕に微笑むと、ううんと大きく伸び上がった。彼女の曲線が、美しくそれに追随した。


「ああ、昨日は気持ちよかったなあ」


 彼女は実にあっけらかんと感想を言って、僕は返答に困ってパチパチ瞬きをした。


「おかげで楽になった。自信を取り戻した」

「そう、よかった」


「メグミがすごく私を求めてくれたから、自信がついた」

「・・・」


「おかげさまで自信まんまん。見てほら、もちもちプルンプルン」

「・・・」


 見下ろす彼女から目が離せなくて、僕はまたパチパチとしている。その肯定的な戸惑いは確かに伝わって、夏空を背負った彼女は可笑しそうに声を上げた。


「ここへ来てよかった。おかげで先に進む勇気が出た」

「ユノー」

「さよならメグミ」


 人工知能の台車はその言葉を聞いて、身を軽く揺するようにした。コンテナの列はすでに出来上がっていた。出発の時がきたのだ。


「ユノー、こまめに水を飲んで」

「分かった」


「パン、一気に全部食べちゃダメだ」

「分かった、分かった」


 彼女は僕が渡した袋を目の前に掲げて見せた。その顔を見て、彼女が楽しかった昨夜の夕食を思い出しているのが分かった。それは多分、彼女が本当に求めている未来の光景だった。


「あんまり優しくしないで。里心が着くから」

「ユノー」

「メグミ、お別れだね」


 コンテナはゆるりと進み始めた。僕は彼女を乗せた台車に彼女のことを頼んで、彼は分かったと言うように身を震わせた。


 コンテナの列はゲートをくぐった。


「ユノー!」

「じゃあ、さよなら、メグミ」

「まずは帽子をかぶって!」


 彼女は愉快に笑いながら、僕があげた外仕事用の麦わらの帽子を頭に乗せた。それはシンプルな白いワンピースによく似合って、彼女を少し幼くした。


 ホイールは軽快に回り出した。コンテナの列は目の前の道を港に向かい進み始めた。小走りの僕は、みるみる引き離された。


 コンテナに腰掛ける姿が、どんどん遠くなっていく。


「メグミー!」

「ユノー!」

「頼むからー、私を追いかけてこないでねー!」


 朗らかな声。僕はハッとして、けれどその姿はもう小さくて、僕は彼女の瞳が何色に輝いていたのか、見分けることはできなかった。


 コンテナの列は向こうの通りを左に曲がって見えなくなった。そして、誰もいない、夏の午後の昼下がりの道が戻ってきた。


 彼女が曲がっていった先。そこから先の風景を、僕は全く知らなかった。


・・・


 太陽に焼かれたアスファルトの道をとぼとぼと歩き、見慣れた倉庫に戻った。ゲートを大きく広げた倉庫は、僕にはほっとする風景だったけれど、真夏の空の下、それは何だか、ひどく小さく見えもしたのだ。


 ここは僕の場所だ。それは分かってる。


 でも何故だろう、どこか物足りない。


 理由なら分かってる。僕は人間の柔らかさを思い出してしまった。その重みを思い出してしまったからだ。


人間は自分勝手ですぐに主導権を握りたがる。その上横柄で泣き虫だ。


そんなひどいことばかりが、今の僕にはひどく愛しく思えた。


ユノー、君は最後の言葉、どんな気持ちで口にしたんだ?


泣きそうな僕の顔を見て心配したのか? 


それとももしかすると、僕を呼んでいたのか?


知りたい、どうしても。


今すぐに。


そう思った途端、僕は走り出していた。


頭に倉庫の二輪駆動装置のことがあった。


まだコンテナの出港に間に合うだろうか? いや、きっと大丈夫。


根拠のないこんな自信は、きっと昨日の夜に、彼女がくれた。


彼女に追いついたらなんて言おう?


いや、そもそも僕は何をするつもりなんだ?


貨物略奪? いやそれともシージャック? まさか、僕に限って。


ともかく、彼女をもうどこにもやる気にはなれなかった


何かきっと、僕にもできることがある。


そんな先の見えない未来に飛び込もうとしている自分に慄きながらも、僕は止められない衝動に突き動かされ、光差すゲートに全速力で飛び込んでいく。



(おわり)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

第二海浜倉庫より wazzwallasis @wasswallasis

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ