彼女に履き古しのスニーカーを貸して、部屋を出た僕らは倉庫の外側のキャットウォークを歩いた。午後の海風が吹いて、高い通路は涼しかった。シャツの裾は時折大きくひらめいて、彼女はその度に反射的にはっと押さえるものの、僕がそれをチラチラ意識するのを見て、満足そうに微笑んだ。彼女の存在理由。それは彼女の魅力つまり商品価値に直結していた。


 少なくとも彼女はそう信じていた。


 僕らは遠い巨大な船影が水平線から現れたり、また消えたりするのを眺めた。雲は大きく立ち上がり、その足元は暗く陰っていた。おそらくそこでは激しい雨が降っているに違いない。しかし僕らの頭上には青空がいつまでも続いていたのだった。


・・・


 部屋を出る少し前に、僕は端末の前に座って調べ物をした。彼女は左腕に外せない金属製のチェーンをしていて、そこには24桁の固有番号が小さく刻んであった。


「輸送テロでも心配してるの?」


 僕がその番号を見せて欲しいと言うと、彼女はそう言って笑った。その可能性は最初に考えたけど、その割に彼女は無防備で、危機に対して無頓着すぎた。それが芝居だとしたら、彼女はかなりリスクが高い橋を渡ったことになる。僕のような保守管理者は、無数の流通ネットワークの要所にしかいない。その場所はオープンにはされていなくて、だから熱射病の彼女は誰にも見つけられず、コンテナの上で日干しになる可能性もあったのだ。しっかりと人間が配備されている経路で輸送されている。それ自体が正規の手配であることを強く示唆していた。


 それにしても、剥き出しのコンテナにぽろんと載せるだけなんて。


 無論、空調のないコンテナの中に彼女を閉じ込めるなど以ての外ではあったのだけど。


 結局僕は彼女が正しい手続きを踏んで登録された貨物であり、明日の午後の便で先のルートに向かうことを確かめた。しかし配送元も、配送先も、僕の端末から知ることはできなかった。


「そんなこと、あなたにとって何の価値があるの?」


 僕のこだわりを彼女は鼻で笑って、一介の配送者が一介の貨物を扱うような態度を求めた。僕はもちろんそうするつもりだった。けれども、人はやはり人であって、純粋な貨物ではない。人工知能機械にを見出していた僕にとって、彼女という人間の存在感は強すぎる放射だった。


 そういえば彼女の名前をまだ聞いていない。しかしそれを尋ねたところで、彼女の対応は目に見えていた。彼女に言わせれば、一日くらい管理した貨物のことなど、気に留めておく必要などどこにもないのだ。


・・・


 彼女に部屋に残ってもらって、僕は午後の配達便を見届けに行った。僕が彼女を介抱している間に、午前の台車たちは新たなコンテナを積まれ、次なる司令に従い大人しく出て行った後だった。それはごく日常的なことだったから、僕は全く心配していなかった。


 僕くらい彼らを眺めていれば、似通った台車であっても個々を区別できるようにはなる。けれど顔馴染みができる頃には新たな台車が来るようになって、いつか顔馴染み候補はいなくなっていた。


 午後の彼らともそんな間柄で、僕らは互いの元気を確かめ合うように挨拶した。彼らは重い貨物を下ろし、新たに重い貨物を積まれ、それを生きる喜びにして倉庫を後にした。僕は彼らの様子を見ながら、キャットウォークから時折彼女がこちらを見下ろす姿を意識した。


 午後の配送を見送れば1日の仕事は大体終わりで、あとはスケジュール通りに倉庫の内外の点検と調整を終えた。最後にガントリークレーンの具合を確かめてから、僕は部屋に続く階段を登った。それは夏の長い昼間がようやく終わる兆しを見せ始めた頃で、倉庫の壁の高いところにぽつぽつと設けられた小さな窓が茜色に染まっていた。


 誰かが僕の部屋にいて僕を待っている。それは、怖いような、嬉しくて叫びたくなるような、とても不思議な感覚で、スチールの階段を登る膝が走り出しそうにブルっと震えたり、登るのを躊躇うように鈍くなったりした。それでも僕はいつも通りに階段を登り終え、部屋のドアを開けた。


 今思えばその時、僕は何か、ただいまというようなことを言ったのかもしれない。


 キッチンにいた彼女は顔を上げて僕を見た。その目には険しさがどこにもなくて、彼女の手元には冷蔵庫と食料棚にあったありったけの食材が広げられていて、


「お帰りなさい」


 彼女が夕食の準備に楽しく時間を使っていたのは一眼で分かった。


 彼女は別のシャツに着替えていて、髪がまだ少し濡れていた。


「汗になったから、もう一回お風呂を借りた」


 窓が大きく開けられていて、風が通り抜けた。


「このほうがいいよ。冷房使ってるとだるくなるし」


 ちょっと汗をかこうよ。一介の貨物たる彼女はそう人間らしく笑って、

それから僕らは一緒においしい夕食を食べた。


いつか外は暗くなっていて、また一隻、巨大な船が水平線の向こうに消えていった。


(4に続く)

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