第83話 御神籤

 綾子さんが、ある駅の地下道を歩いていた時のことだという。

 前から歩いてくる人の中に、ふと見覚えのある姿を見つけた。

 高校時代からの友人の由依さんだった。お気に入りだったブランドのワンピースを着て、同じブランドのバッグを持っている。あまり店舗がなく、おまけにデザインが個性的なので、綾子さんはすぐに彼女のことを思い出した。

 そして、まさか、と思った。

 由依さんは昨年、彼氏と心中していた。SNSに「うちら天国に行けるかなぁ???」と書きこんだ後、湖畔に停めた車の中で練炭を焚いたらしい。実は不倫だったとか、親に交際を反対されていたなどという背景はなく、動機のよくわからない死だった。

 綾子さんは驚きのあまり、足を止めてしまった。そこに後ろから誰かがぶつかってきた。

「あっ、すみません」

 振り返ると、前から歩いてくるはずの由依さんが、上目づかいに睨み付けていた。白目が真っ赤になっていた。

 彼女は綾子さんの右手をとると、何かを握らせてきた。

「ひっ」

 小さな叫び声が出た。由依さんは速足で歩き出し、あっという間に人ごみの中に消えていった。

 右手の中を見ると、細長く折りたたまれた紙があった。

 広げると、どこか知らない神社のおみくじだった。あちこちに乾いた血のようなものが付いていた。

 怖かったのでよく読みもせず、駅のゴミ箱に捨ててしまったという。


 今でもあの地下道を通る機会はたびたびあるが、由依さんには再会していない。

 綾子さんは時々、もしもあのおみくじをきちんと読んでいたらどうなっただろう、と考えることがあるという。

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