第69話 57日

 木戸さんはある日、行きつけのラーメン屋を訪れた。

 食事を終えた後、トイレに入った。個室の中では、店内でもかかっていた有線放送が流れている。最近よく聞くアイドルグループの曲だったという。

 用を足して手を洗っている時、有線放送が突然ブツンと途切れて、一瞬何も聞こえなくなった。直後、突然別の曲が流れ始めた。

 木戸さんは奇妙なことに気付いた。その曲はどうやら、彼の好きなバンドのものらしい。特徴的なボーカルの声や、曲の雰囲気は間違いない。だが、知らない曲だった。

 木戸さんは自他ともに認める、そのバンドの熱狂的なファンだった。新曲情報はチェックしているし、過去の曲もすべて聞いている。もしかして今日発表になったのかな、とワクワクしながらトイレを出た。

 さて、席に向かうと、食べ終わった食器がないのはともかくとして、伝票がない。おかしなことをする店員がいるな、と思いながら、ふとポケットに入っていたスマートフォンを見た。

 見たことのない数の着信と、メールが届いていた。

 驚きながらも、とりあえず一番上に着信履歴があった友人に電話をかけてみた。すると、「お前、今までどこに行ってたんだ!」と怒鳴られた。

 戸惑いながらも話を聞くと、木戸さんはもう2ヵ月近くも行方不明になっていたのだと説明された。


「その後、コンビニで売ってる新聞とか、テレビとか・・・・・・とにかく信じられなくて、あらゆる媒体を確認したんだけど。俺がトイレに行ってるうちに、57日が経ってたんだよね」

 警察には両親から捜索願いが出され、アパートの郵便受けにはダイレクトメールやクレジットカードの明細が大量に詰まっていた。

「今でも狐につままれた気分なんだけど・・・・・・一番こたえたのは、会社をクビになっちゃったことだね。まぁ無断欠勤の理由は、ラーメン屋のトイレで神隠しにあってたからです、なんて言っても、信じる奴いないよなぁ」

 幸い再就職も見つかり、家族や友人には連絡をとって安心させたという。

 失職が怖いので、もうあのラーメン屋には行けないそうだ。

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