第42話 行けなくなった
兵藤の友人のN君は、その日、待ち合わせの時間に間に合うように、アパートの自室を出たらしい。
鍵を閉めて進行方向に向き直ったとき、すぐ側の道路を歩く、青いワンピースを着て日傘を差した女性が目に入った。
女の人がいるな、と何気なく考えながら足を一歩踏み出した瞬間、ふと「今の女、やたらとでかくなかったか?」という疑問が心中に湧いた。
道路の方を見ると、さっきの女性が立ち止まっている。
日傘のてっぺんが、カーブミラーよりも高い位置にある。
どういうことだ、と見ていると、女性がこちらに向かって歩き出した。
まずい、ときびすを返して、アパートの階段に向かおうとしたとき、階段を上ってくる女の姿が目に入った。いくらなんでも一瞬でここまで来られるはずがない。だが、道路にいた女に間違いない。
開いたままの日傘を手に持っている。
俯いた女の頭は、廊下の天井に着きそうだ。
とっさにN君は、手に持ったままの鍵を鍵穴にねじ込んで、出てきたばかりの部屋に駆け戻った。
兵藤は、その日の待ち合わせの相手だった。
N君から電話があり、前述のいきさつをまくしたてられた頃には、約束の時間をすでに30分ほど過ぎていた。
「バカなこと言ってないで、さっさと来いよ」と言うと、『ドアの前に女がいるから行けない』と言われた。
『覗き窓の向こうが真っ青なんだ! あいつが立ってるんだよ! 何とかしてくれ!』
そんなことを繰り返すばかりだった。
そんな女いるかよ、来れないなら素直に言え、と兵藤は電話を切り、腹をたてて帰宅した。
それ以降、N君と連絡がとれなくなった。
彼の住むアパートに行ってみると、新聞受けから郵便物やチラシがはみ出している。
その脇に、薄汚れた日傘が立て掛けてあった。
何度もチャイムを鳴らしたが、返事はなかった。
N君との共通の友人何人かに連絡をとったが、誰も消息がつかめないらしい。
「変な女がいたって、真面目に信じてるわけじゃないけど……何なんですかね、ほんと」
兵藤は今、どうしたらいいのか悩んでいるという。
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