第19話 黒靴
藤崎さんは高校生の頃、整骨院に通っていた。その若さにも関わらず、肩こりがひどかったのだという。
「とうとう偏頭痛にまでなっちゃって。バカにできないね」
彼女は未だに整骨院に通っているというが、高校の頃に通っていたところの方が腕が良かった、とこぼす。
その整骨院は、今はもうないのだそうだ。
高校三年の夏頃だったという。
整骨院に通っていた藤崎さんは、ベッドの上であることに気付いた。
院内には三つのベッドが並んでおり、それぞれカーテンで周りを囲めるようになっている。そのカーテンの向こうを、時々先生ではない誰かが通るのだ。
どのベッドに寝ている時でも、その誰かはいつも、うつぶせになった彼女の右側を通っていった。
カーテンが閉まっているので足しか見えないが、その人物はいつも同じ、黒いハイヒールを履いていた。
整骨院の先生は男性で、もちろんそんな靴は履いていない。スタッフの女性もいるが、いつもかかとの低いサンダルをつっかけている。患者は入り口でスリッパに履き替えるので、靴で入ってくる人はいない。
一体誰がハイヒールでうろうろしているんだろう、と思っていたが、ある時、そのハイヒールの人はまったく足音を立てないということに気付いた。
しかも、必ず藤崎さんの頭の方から足の方に通り過ぎる。ベッドの足側は壁にくっついていて、人が通るスペースはない。当然、足の方から戻ってこなければいけないはずなのに、なぜか頭の方からしか歩いてこない。
不気味だったが、何しろ先生の腕がいいので、その後しばらく通い続けた。
「足が見えるだけだから、我慢すればいいやと思ったのね……」
受験が終わると、ストレスから解放されたからか、とたんに肩こりに悩まされることがなくなった。
自然と整骨院には行かなくなり、そのまま藤崎さんは上京して、大学に通い始めた。
慣れない環境と学業のため、肩こりが復活し始めていた夏休み。久しぶりに帰省すると、整骨院の看板がなくなっていた。
「あそこ、もうやってないんだって」
母親にそう言われて驚いた。
「先生、まだそんなに年いってなかったはずなのに、何でやめちゃったんだろうって気になって」
彼女は一人、改めて整骨院だった建物に向かった。
入り口のガラス戸は閉ざされ、外側から板が何枚も打ち付けられていた。その隙間から少しだけ中が見えた。
患者用の玄関に、黒いハイヒールが一揃い、きちんと並べて置いてあった。
見てはいけないものを見たような気がして、藤崎さんは走って家まで帰った。
その後建物も取り壊され、現在はアパートが建っているそうだ。
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