夜這い

 ドアをノックする音が聞こえたので、良平が「どうぞ」と言うとドアが開かれた。


「お兄さん……」


 頬を赤くしている桃花が良平の部屋にやってきた。

 普段から寝巻きはワンピースタイプなのか今日も着ていて、彼女に合ったピンク色だ。


「えっと……さっきはごめんね」

「いえ……大丈夫です」


 少なくとも怒ってはいないようで、一安心する良平。


「こ、ここがお兄さんの部屋なんですね。男の子の部屋なのに綺麗です」


 恥ずかしさを誤魔化すように、桃花は部屋を見回す。


「まあ、汚いと詩織が煩いからね」


 桃花が言う通り良平の部屋は綺麗に片付いており、詩織に言われて掃除をしている。


「お兄さんって女の子が部屋にいるというのに、ドキドキしないんですね。ついさっき私の裸も見たのに」

「それはまあ……ドキドキはしているよ。少しだけ」

「少しだけって……お兄さんは変わってますね」


 それは良平も自覚している。

 今だってお風呂上がりの桃花が自分の部屋にいるという、大抵の男子なら羨ましい状況だ。

 普通だったら嬉しくて舞い上がってしまうだろう。

 でも、良平は特に緊張する様子がなく、いつも通りといった感じ。

 二次元にどっぷりはまってしまった影響なのかもしれない。


「俺は二次元が好きなオタクだからな」

「みたいですね。漫画とかいっぱいありますし」


 部屋にある本棚には沢山の漫画やラノベが置いてある。

 最近は電子書籍を購入することもあるが、良平は紙の本が好きで基本的には本屋で買う。


「そういえば何で俺の部屋に来たの?」


 今まで何度か家に来たことある桃花だけど、こうやって良平の部屋に来るのは初めてだ。


「あ、そうでした。私は怒ってないので気にしなくていいよっていうのと、お風呂空いたのでどうぞって言いに来ました」

「そっか。じゃあ、お風呂に行ってくる」

「ゆっくり浸かってきてくださいね」


 良平は着替えを持ってお風呂に向かう。

 桃花は良平が完全に出ていったのを確認すると「ふふ……」と不敵な笑みを浮かべて、良平のタンスに手をかけた。


☆ ☆ ☆


「お邪魔しまーす」


 良平の部屋にゆっくりと音を立てずに入ってくる一人の少女。

 時刻は深夜の一時になっており、良平はベッドで熟睡している。


「ふふ、お兄さんの寝顔可愛いですね」


 少女は良平の頬を指で軽くつつく。

 お兄さんと呼んでいることから少女が桃花ということがわかる。


「漫画読んだまま寝落ちしてしまったんですかね」


 部屋自体の電気は消えていたが、ベッドには漫画が置いてあり、読書灯がついていることから、読んでいる最中に寝てしまったようだ。

 桃花はベッドにある本に少し興味が出て読んでみることにした。

 表紙には可愛い女の子が描かれており、桃花は「お兄さんはこんな感じの女の子が好きなのかな?」と思ってしまう。

 桃花は漫画を読みながら「何で無駄にハーレムなの?」とか、「主人公が鈍感すぎる」などと呟く。

 どうやら読んでいるのはラブコメ漫画のようだ。


「漫画のように義理ではないけれど可愛い妹がいたり、私と同じベッドにいてお兄さんはラブコメ漫画の主人公のようですね」


 この状況を他の男子が見たら「リア充爆発しろ」と言われてもおかしくはない。


「でも、こうなったのは私の裸を見ても同じ部屋で二人きりでもドキドキしないお兄さんのせいですからね。思わず服を借りちゃいましたし」


 今、桃花が着ている服は先ほど良平のタンスから拝借したワイシャツのみ。


「朝起きた時にお兄さんがどんな反応するか楽しみですね」


 ドキドキした良平を見てみたいという興味があり、ベッドに入ろうとした時に事件が起きた。


「え──? きゃ……」


 桃花は良平にベッドに引き込まれて抱きつかれてしまう。

 何とか抜け出そうとする桃花だが、眠っているのにしっかりと抱きつかれており、彼女の力では抜け出すことができない。


「実はお兄さん起きてたり……しませんね」


 良平は寝息をたてており、完全に熟睡している。


「お兄さんをドキドキさせるはずだったのに、これじゃあ私の方が……」


 沢山告白されてきた桃花であるが、全て断ってきたから誰かと付き合った経験がない。

 そのために異性との触れ合いになれておらず、良平に抱きつかれて自分の心臓が大きく、激しく脈打っている。


「これってまさか私がお兄さんのこと……ううん、これは吊り橋効果と似たようなものだよね」


 いきなり抱きつかれたから驚いてドキドキしてるだけ……桃花はそう自分に言い聞かせる。

 これだけで好きになってしまっては先ほど読んだ漫画のヒロインよりチョロくなってしまう。


「うう~……抜け出せないよ」


 右手だけは動かせるので叩けば起こせるかもしれないが、今そんなことをしたら顔が真っ赤な自分を見られてしまうので、起こしたくはない。

 何とか自力で抜け出せればいいが、かなりの力で抱き締められており、抜け出すのは難しそうだ。


「あいか、可愛い……」

「え?」


 今のは良平の寝言だ。


「あいかって誰ですかね? 寝ているとはいえ私を抱き締めているのですから、他の女の夢なんて見ないでくださいよ」


 今まで異性から他の女の人の話が出たところでなんとも思わなかったが、良平の口から他の女の名前が出ただけで苛立ちを覚えてしまう。


「あれ? あいかって確かさっき読んだ漫画のヒロインの名前だったような……」


 そう思うと自然と苛立ちは収まる。

 でも、これは明らかに嫉妬していると思い恥ずかしくなってしまう。


「うう~……こうなったらお兄さんにも恥ずかしい思いをさせてあげます」


 桃花は持ってきていたスマホを取り出してからあるアプリを起動させた。


「ふふ……夏休み明けが楽しみ」

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