第百三十九話 突破口

『フギェヘェヘェギェ!!』


 不気味な笑い声を上げながら巨大な牙を突き刺さんとするユーデアーラ・ディストピア。ブレイブヘルマスターは避けようかとも思ったが、背後の星をチラと見て止めた。それをしてしまっては、星が牙で砕かれるだろう。眼前の牙は鋭い先端だけで星一つ分の大きさはあった。


「スケールが!!デカい!!感覚的に訳が分からんぞ!?」

「集中しなさいよ!!同意見だけど!!」


 エレグとサリアの意識がここで初めて別れた。そのせいで集中が途切れ、ブレイブヘルマスターとしての二人の体が揺らめき、二つに別れそうになる。


「まずい!!落ち着け俺!!」

「アタシも落ち着け!!大丈夫、ただデカいだけの木偶の坊よ!!」


 そのデカいのが問題なのだがな、とエレグは思ったが、今はその考えを断ち切る事にした。今はブレイブヘルマスターとしてあろうとする事が重要である。


「「よし!!」」


 再び息を合わせると、彼らは[B]にダイアルを合わせてトリガーを引いた。


 [サルベーション!!][バリアー!!][ノヴァ!!]


 光輝く障壁が、星全体を包み込む。それに触れたユーデアーラ・ディストピアの牙が、音を立てて蒸発していく。


『フギェェェェェ!!……ヘェヒェヒェヒェギェ!!』


 最初は悲鳴のような声を上げたユーデアーラ・ディストピアであったが、すぐにその声は笑声へと戻って行った。ブレイブヘルマスターは、よく目を凝らすまでもなく、星の上のバリアで溶けては再生を繰り返す牙を目にした。


『クウ!!くウ!!食べル!!食ス!!星!!魔力!!忌まワシき魔王!!勇者!!全テ!!』


 本能のまま一心不乱に食いつかんとする恐怖の化身。その中にユートの悪意が見え隠れする。完全に二つの精神が同化し、そして、完全に精神が崩壊したのが彼らには分かった。もはや理性というものはーーー元々あったのかどうか疑わしい部分ではあるがーーー無い事が。


 止めねばならない。


 エレグとサリアの意思は一つであった。


 だが巨大すぎるユーデアーラ・ディストピアを完全に崩壊させる事は難しいようにも思えた。あまりに、あまりに巨大すぎるのである。


 宇宙とは銀河系の集合体であり、つまり幾千幾万幾億の星々の集合体である。そんな"宇宙"を幾つも飲み込んでいるのが、ブレイブヘルマスターの、彼らの眼前にいるユーデアーラ・ディストピアである。それを滅ぼすというのは、銀河を幾つも、それこそ十や二十では足りない程の銀河を滅ぼすのと同意であった。幾ら彼らが魔力と意思により力を得たとしても、そこまでの規模の攻撃を行う事は出来ないであろうと考えられた。


 だがそこでエレグの思考に一つの疑問が浮かんだ。これ程の質量を持った存在が、どうやってここに存在していられるのだろうかと。


「どういう意味?」


 思考を読み取ったサリアが尋ねる。


「確か、デカすぎる質量は、ブラックホールになるとかどっかで見た気がするんだよな。」


 その知識は元の世界の物理法則下における認識であったが、魔法の存在以外はほぼほぼ物理法則が一致するこちらの世界でも成り立つのではないか、とエレグは考えた。とすれば、眼前のこの化物がブラックホール化しないのは何故か。


「それこそ魔法でも使ってるんじゃないの?」


 サリアがどうでもいいと言った様子で言った。彼女は物理法則も何も分かっていない田舎娘である。当然彼女にブラックホールが何かという知識は無い。


「適当だなぁ。」


 相槌を打つエレグであったが、彼はその疑問が何かの突破口になるのではないかと考え始めた。


『その考えは正しいと思いますよ。』


 エレグの耳に、彼の聞き覚えのある声が響いた。


「「え?」」


 声のする方を見るブレイブヘルマスター。その視線の先には、自分達が元々いた星があり、その星から、巨大な人型の機械が飛び上がって来るのが見えた。その機械が放つ八色の光線が、星に向かう牙を押し返した。


「「な?」」


 何が起きているのか分からないブレイブヘルマスターの耳に、魔力通信が入る。


『ふふふふふふ!!出来たざますよ!!アテクシの最高傑作!!』


 不敵な、そして何やらハイテンションなフルモ=トーンドロの声であった。


『ゴブリン・ザ・キングを!!あの馬鹿な神々連中の注文を受け!!徹夜に徹夜を重ねて改修!!あんのうるさい馬鹿共の意見も全て取り入れてやったざんす!!』


『まぁ竜の頭部というのは中々良いのではないかな。』


『昆虫型では無いではないか。』


『死霊型でも無いNA!!』


『全て注文通りとは言ってないざんすよ!!エッセンスとして取り入れたざんす!!』


『あたいの意見は翼くらいやないの?』


『と言いますか、全種族を模した頭が付いているだけではありませんブヒか。』


『翼もぉー、どちらかというとぉー、天使とかぁー、そういうのだろぉー。』


『拙者はどうでも良いでござるが、魔王殿達が無言でござる。よく分かっていないのではないでござろうか。』


 実際のところ、彼らは次々に割り込んでくる通信に頭が追いついていなかった。ただ無言でセイヴァーセイバーを持って状況をまじまじと観察する事しか出来ていなかった。


『む。まぁそうざんすね。では紹介するざんす!!ジュゼ、トンスケ!!』


『はい。』


『分かりましたぞ!!』


 突然思わぬ二人の声が聞こえ、驚きを隠せないブレイブヘルマスターの前で、その機械が腕を組んだ。機械の体には肩・腕・足・胴・頭、様々なところに魔界の主要種族、即ち、竜・狼・鬼・豚・鳥・魚・昆虫・死霊の神々を模した頭部の意匠が吸着していた。


『これはグレートガーディアン。フルモ=トーンドロ様が作った、機械の人間。所謂ロボットですね。』


『魔王様と勇者殿のパワーで動く、この星の、偉大なる守護神、ですぞ!!』


 トンスケがコクピットの中でカンニングペーパーを読みながら言った。

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