第九十九話 機械仕掛けの神

 天国とは天の上、雲の上に浮かぶ島のような場所であると想像していた。


 地獄とは地の底、血みどろの池や黒々しい岩岩に囲まれた場所であると想像していた。


 だが今俺がいるのはそのどちらとも異なる場所であった。


 真っ黒な空間。何も見えない。光も何もない。夢の中のようであった。



『ここは世界 の狭間なり』

『神のみが 住む世界 なり』

『『我らのみが住む世界なり』』



 暗闇の中から声が聞こえた。何者かのぎこちない、先ほども聞いた、機械のような声。抑揚の無い声が。


 その声が聞こえると共に、暗闇の中に人型の何かが浮き上がるように現れた。


 それはよく見ると白と黒の、二つの首と二つの頭を持った、双頭の人型であった。そして特筆すべきなのは、それが機械であるという事である。全身の至る所に歯車の意匠が施されている。そして常にその歯車は動き続けており、手や足、口が動く度にカチ、カチと音を立てた。


 そのロボットが俺に語りかけてきた。


『我はリフェ 生を司る者』

『我はデア ス死を司 る者』

『『我らは二つにして一つ我らは世界を管理する者』』


『生まれゆく 世界を祝福 し』

『死せる世 界を愛す る者』


 白い首がリフェを、黒い首がデアスを名乗り、交互に口を開く。多分…だが、リフェは文字にすれば五文字、デアスは四文字毎に区切っているのだろうか。聞く分には物凄く聞きづらい。


『我らがお前 を呼んだ』

『お前を呼 んだ理由 は一つ』

『お前の罪を 裁くため』

『お前に罰 を与うる ため』


 罪?罰?俺が何をしたっていうんだ。


 そう思っていると、この機械はそれに答えるかのように続けた。


『お前の罪は ただ一つ』

『世界の境 界超えし 事』

『『世界の均衡保つため世界を超える事は許さじ』』


 世界というのは、俺が元居た世界と、魔法のある世界のような、法則の異なる世界の事だろうか。その境界を超える事は許されていないと?


『お前の考え は正しいお 前の認識は 適切』

『法則の異 なる世界を 跨ぐ事そ れは世界 の崩壊を 招く』

『『故に裁く故に正すそれが我らの役目なり』』


 そう言って彼?はカクカクと動く腕を持ち上げ、指を一本ずつ立てて言った。


『一度は許す お前の知る ジュゼとユ ートのよう に』

『二度は記 憶お前の 知るティ アのよう に』

『三度は生命 お前の知ら ぬ罪人のよ うに』


 知った者の名前がその口から出てきた事に、俺は驚きを隠せなかった。ティア、記憶、その二つの単語に思い当たる節があった。彼女のボケ。記憶をよく失くす事。まさかこいつが原因だったのか?


 そんな考えを読み取ったのか、彼?は首を縦に振った。


『記憶出来な いそれが罰』

『罪に対し 記憶する は三つ』

『罪を犯した 事罰を得た 事』

『そして次 は命が無 いという 事』


 昔のことを覚えていなかったり、未来が見え辛かったのはこの辺りが関係しているのだろうか。なるほど、ただのボケ老人だと思っていた。俺は認識を改めることにした。


 そんなことを考えていると、彼?は続けた。


『ここに呼ん だはお前を 見極め裁き を下すため』

『お前は魔 法の世界 に戻るた め命を捨 てる覚悟 を見せた 故に見極 めは完了 した』

『お前は自ら の意思でな く本来あら うべからざ る方法で意 思に反し世 界を超えた』

『故にお前 に罪は無 い故に裁 きは下さ ない』


 なんだ、良かった。でもそりゃそうだ。俺は別に望んでこんな事に巻き込まれたわけじゃないしな。それで裁かれても困る。


『だがお前の ような者を これ以上産 む事も望ま ない』

『故にお前 に罰を与 うる』


 えっ。


『このマーク のアイテム が魔法世界 に落とされ た』

『このマー クのアイ テムは世 界の摂理 を破壊す る』


 そうして彼?は機械の歯車のようなものと、その下に"L & D"という文字が書かれたロゴを提示した。


『我らはかつ て試験した 我らの力の 複製を民達 に与えたら どうなるか』

『結果世界 は崩壊し 消えたそ してその 複製はお 前の知る 魔法の世 界へ輪廻 した』

『これを壊す と誓うが良 いさればお 前の求る通 りお前を魔 法の世界へ 回帰させよ う』

『これを壊 すと誓う ならばユ ートとや らが行い し世界の 横断を元 に戻そう』


 ユートが行った行動を元に戻す、それはつまり、俺を魔法の世界に、無駄金費太郎を元の世界に戻すという事か。それは嬉しい話だった。だが、その交換条件として提示されたアイテムの破壊というのが気になった。


「一つ質問してもいいか?それを壊すことで、例えばジュゼやティアに危害が加わるってことはないのか?」


 なんか良くあるだろ。神が与える試練とか言って、実はそれはそのアイテムを持っている人を殺すことだったりとか。…小説とかアニメの見過ぎだろうか。でも気になったので率直に聞いてみた。


 その問いに神とやらは含み笑いを浮かべて言った。


『案ずるな アイテムの 破壊が与え るは世界の 均衡の維持 のみ』

『例え一つ の命とて 奪われる ことはな いと保証 する』


 …本当だな?嘘つかないな?


『神を疑うと は勇気のあ る者』

『お前が誓 うなら我 らも誓お う』

『『万一そのような場合には我らも力を貸すことを』』


 なんか契約にオマケが付いた。得した気分である。


「わかった。なら約束する。魔法世界にそのアイテムがあるってんなら、俺が責任持って見つけて壊す。」


 彼?は俺の言葉に満足げに頷き、そして言った。


『よろしいで は最後に一 つだけ決め る事がある』

『一つだけ 大切な事 がある』


 そうして彼の胴体が開き、見覚えのある影が見えた。


『『かつて居た世界に行くにあたり決めるが良いどちらのお前が行くのかを』』


 そこに居たのは、魔法世界での俺と同じ顔の人間ーーー即ち、本物のエレグであった。

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