第九十七話 希望は再び閉ざされる

 時が止まった世界で、私達は変わり果てた魔王城へと戻ってきました。


 城はユーデアーラの肉体とほぼほぼ同化しており、ユーデアーラ自体が極めて巨大な姿へと進化していました。


 城下街は触手に薙ぎ倒され、家々が壊滅的な被害を受けていました。辺りは赤く染まり、誰かの肉が飛び散っています。…見たくはなかった光景でした。このような事、あって欲しくはなかった。ですが、見つめなければいけません。…これは現実です。そしてその現実を、何としてもこれ以上悪化させるわけにはいきません。


 憤りを覚えつつも、私達はユーデアーラに取り込まれた魔王城へと乗り込んでいきました。



 奥に進めば進むほど、ユーデアーラの本体に近づいているのか、廊下がどんどん不気味になっていきます。血管のような筋が至るところに張り巡らさせており、床もそれらに包まれています。


「時間は魔王様とコネクタブルブックが見つかるまではそのままにして下さい。」


「勿論。動かしたくもないね。この状況だと。」


 ティア様はこの血管のようなものを指差して言いました。確かに。恐らく時を動かし始めると、これが脈打つところなどを見る羽目になるのでしょう。気持ち悪いので嫌です。


「うひぃ…。ワターシ…ただでさえ不気味なの嫌いなのに…いつもよりもっと不気味になってますぅ…。」


 イレント様が廊下を見ながら言いました。


「部屋の配置までは変わっていないはずです。イレント様、動力炉の方をお願いします。」


「わ、わかりました。行ってきます。」


 そういって彼はビクビクと怯えながらも廊下の奥へと進んで行きました。


「サリア様、彼の護衛をお願いします。時間を動かす時は連絡しますので、バリアなどで守って下さい。」


「それはいいけど、問題は魔王とその本がどこにあるかよ。ユートが適当に飲み込んでいたりしたら見つからないんじゃないの?そっちの人手もいるんじゃない?」


 サリア様の仰る事はご尤もです。今のところ当てとしては元々の儀式の間周辺にないかと思いそちらに向かっていますが、間違いなくそこにあるという確証はありません。


「幸い、ボクの方で魔王の魔力は追跡出来る。まずはコネクタブルブックを探す。時間はあるから人手は心配しなくていいよ。問題は時間を動かした後だから。」


「…それもそうね。」


「私も一応バリア…と呼べる程頑丈なものではありませんが、ある程度時間稼ぎ出来る程度のものは作れます。その隙に本かサリア様のところに転移しますので、大丈夫だとは思いますよ。」


「OK、それで行きましょ。」


 そう言って私達は二手に分かれて捜索を開始しました。



 階段を昇り、上層階に着くと、私達は手分けして部屋を捜索しました。本の表紙には機械の歯車のようなものが描かれており、そこに"L & D"と書かれていた…はずです。何分、数年見ていないので朧げではあります。ですがともかく探すしかありません。


 ティア様にそれを伝えると、ティア様は渋い顔をしました。


「どうされましたか?」


「…機械…歯車…L…Life…。」


 何やらぶつぶつと呟いています。自分の世界に籠もっているように見えました。


「神…記憶…忘れよ…忘れろ…忘るるべき…。」


「ティア様?」


「あ…!?え?!何?」


 彼女の額には汗が滴り落ち、顔は真っ青、引きつっていました。


「大丈夫ですか?」


「う、うん。…ちょっと、嫌な事を思い出しかけてた。…行こうか。」


「は、はい。」


 彼女はそれ以上聞いてくれるなという態度で廊下を歩き出したので、私はそれに従うように付いて行きました。



 時間が停止した中でこのような表現は適切ではないかもしれませんが、それから数時間が経過しました。私は血管の中に埋もれるように一冊の本がある事に気付きました。それの表紙には歯車が描かれており、全体的な体裁にも見覚えがありました。


「見つけました!!」


 私が思わず叫ぶと、ティア様が興奮したように言いました。


「よし、少しだけ時間を動かすよ。」

 そう言ってティア様が手をかざすと、廊下の血管群が脈動し始めました。時間が動き出したのです。


 瞬間、廊下の向こう側で、何かが蠢くのが見えました。


「危ない!!」


 ティア様の叫び声が届くか否かというところで、私の手元に何かが近づくのが見え、思わず手を離しました。


 ザシュッ。


 その何かが、私の手元にあったコネクタブルブックを貫きました。


「フヒェヒェヒェヒェ!!来ると思っていたよ!!」


 ユートの高笑いが私の耳に響きました。


「しかし貴様らはどこから入り込んだのかね?まぁいい。ちょうどいいタイミングだったねぇ。まさに私がその本を怖そうと決めたタイミングだったとはねぇ。」


 最悪の、いやギリギリのと言うべきでしょうか。何にせよ良いタイミングではなかったようです。


「私がその本を壊さないと思っていたのか。甘い事だ。まぁ実にいいタイミングだったよ。貴様の顔、鏡で見てみるといい。素晴らしい顔をしているぞ。」


 どのような顔をしているか。そんな事は言われなくてもわかっています。真っ青でしょう。涙すら流れないほどに深い絶望が私を襲っていました。…もう魔王様を救う事は出来ない。その事実が重くのしかかっていました。


「どれ、その顔を直接拝ませて貰おうか。何心配する事はない。痛みは一瞬だ。その顔のまま絶命するがいい。」


 ユートの声とともに、コネクタブルブックを貫いた触手が私の方を向くのが見えました。


「本は時間を戻して何とかなる!!時間を止める間が持たない!!避けて!!」


 ティア様の声は私に届きませんでした。ただただ、絶望に打ちひしがれたまま、私はへたりと座り込んだままでした。その私に目掛けて触手が伸びてきました。それが私にはスローモーションで見えました。鳥瞰するかのように。


 そして、その、触手がーーー。

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