第八十九話 そして内政へ戻る

 ふぅ、と俺は一息吐く。


 あの後魔界城に戻り翌日。一日で三箇所も廻る羽目になるとは思わなかった。ジュゼにも転移魔法で結構な苦労を掛けてしまった。本人は気にしていないようだったが、倒れられると困る。容態はチェックしておかなければ。


 ともあれこれで、水・土・風の聖域の神の力を借りる事が出来、魚族や鳥族の支持を取り付ける切欠も手にする事が出来た。豚族の悩みも聞けた。自然界との交渉が上手く行けば、何とか豚族の支持も上昇させる事が出来るだろう。


 技術力の向上についても上々である。ハイとイレントが上手くやってくれている。輸送手段がある程度形になったので、それを更に拡充させる他、通信網の研究を行っている。今は限られた人間のみ使える魔法なので、これを一般化するという形である。他にも限りある魔力を上手く使えるようにするエコロジカルなシステムの構築など、多岐にわたる。この点についてはハイが加わってくれた事で大分技術の幅が広がった。ありがたい話だ。



 残る喫緊の課題は三つ。魔界システムの改革と、デアーラやユートのような脅威に対する備え、そして未だ接触出来ていない神々との接触と彼ら彼女らを崇拝する人々や魔獣達の支持を取り付ける事、である。



 一つ目については目処は立った。実際の所、実現は可能らしい。流石に二代目もそこまで抜けてはいなかったようで、不備があった場合の変更方法についてはまとめていたとのことである。問題はその方法だ。「魔界の住民投票で過半数を得る事。」それが条件であった。


 微妙なところである。前回アリチャードが支持を集めたことから言っても、一定の理解は得られるだろうが、俺自身反対した身である。この変節に理解が得られるかどうか。勿論、無秩序にするわけではなく、法律の制定と裁判所の設置により法治国家という体裁はそのままにするわけだが、裁判所で裁くのは心の無いシステムではなく人あるいは魔獣である。今までがある程度上手くいっていただけに、そこに不安を覚える者もいるのではないだろうか。そうした点を考慮すると、過半数の支持というのはギリギリのように感じられた。


 投票については魔界の選挙と同時に行う事に決め、この三年間の間に各地に説明を行うしかあるまい。面倒な事であるが仕方ない。



 飛ばして三つ目。これは地道にやるしか無い。一つ目の件も含めて、聖域や集落を廻っていく必要があるだろう。



 最大の問題は二つ目である。これはイレント達のお陰で少しずつ武装が整い始めているが、一番の問題が残っている。ーーーデアーラ達怪獣共は、魔界に向けて攻めてくる。だがその宇宙と魔界との間には一つの障壁が存在する。自然界だ。つまり最初に被害を被るのは自然界の住人という事になる。これは二つの問題を生じさせる。一つは自然界の住人にどう理解を求め、彼らの被害をどう抑えるかと言う事。そしてもう一つは、魔界の住人に如何に危機感を持たせるかである。


 デアーラの脅威について、神々はかつて当事者だったという事もあり理解してくれているが、住人達はこう思うだろう。「自然界で抑えればいいじゃん」と。実際に出来るかどうかはともかく、だ。普通に行けば、最初に主戦場になるのは、宇宙と面している自然界だ。そこでなんとか迎撃出来れば、魔界は無関係で終わる。ーーー実際は、魔界の魔力に惹かれてやってくる以上、魔界も無関係では無いのだが、住人達はそこまで考えないだろう。それが悪いとは言わない。自分の生活が第一だからだ。


 だが俺としては、自然界の戦力では"絶対に"対応出来ない事や、魔界の魔力に惹かれてくるという因果関係を踏まえると、魔界が主体となって対応すべき案件であると考えている。


 俺の想像通りにこのような考え方のギャップがあった場合、どのようにそれを埋めるべきか。それが最大の課題となるだろう。



「はぁ。」


 俺は思考を整理した後に溜息を吐いた。最近溜息を吐かない日が無い。どうしたものかと考えながら、窓から外を眺めると、俺が指示した輸送機関が集落に向けて走っていた。最初に魔界に来た時とは少し違う風景が広がっている。俺が変えた風景だ。


「なーにかんがえてんの。」


 サリアが俺の顔を覗き込んできた。


「相変わらずしかめっ面して。」


「今後の方針。」


「毎日大変ねぇ。」


「まぁ仕事だから仕方ない。それに、俺以外のみんなも頑張ってくれてるしな。」


 お前以外はな、…という嫌味を飲み込んで止める。サリアも一応バリア張ったりやってくれている。一応感謝はしておこう。一応。


「まーね。ま、無理しないでね。もしユートが来た時、アンタがいなきゃ大変だし。」


 そう言って彼女は鈍らないように訓練へ向かった。


「お前もな。」


 俺はその背中に一言言ってから、また思案に戻った。



 そう、ユートの件も残っていた。


 あの後結局奴は見つかっていない。魔界各所に設けた検問には一切引っかからなかった事から、魔界内に居るのが有力な説であるが、何処に居るのか全く検討も付かない。魔界が広すぎるのだ。


 万が一のために自然界でも探して貰っているが、芳しい連絡は得られていない。


 しかしユートはこのまま逃げ続けたとして、何をするつもりなのだろうか。アリチャードについても気になっていた。別の檻に居たアリチャードをわざわざ殺したのは、裏切り者に対する罰なのだろうか。だが元の世界とは異なりこちらの世界には報道という物は基本的に存在しない。噂という形でそうした情報が流れる可能性が無くはないが、そのためにわざわざ時間を使って殺す必要はあるのだろうか。



「魔王様、法律の素案についてお話が。」


 ジュゼが声をかけてきた。「わかった」と言って思考を切り替える。…狂人の考える事だ、他人が考えて分かる事では無い、という気もする。


 そうして俺は彼女とその部下が作った書類に目を通し始めた。当分はこの手の書類仕事に掛り切りになりそうだ。

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