第七十一話 海底洞窟

「オロロロロロロロロ。」


 俺は大地の営みで生成された物を大海へと返した。


『汚いぞぉー。海を汚さないでくれぇー。』


 イヌーンドが語りかけてくるが知った事ではない。さっきからしがみついてて、かつ景色を見てしまったので酔ったのだ。気持ち悪いのを抑える事は出来ない。無理無理。こういう時は垂れ流してしまった方がいいのだ。俺は無視して吐き散らかした。


『向こうへやってください。こちらに流れてきます。』


 ジュゼが水の魔法で俺の口元に細やかな水流を生んだ。それは遠くの方へと流れていく。溶けてなくなってくれ。願わくば循環し再び逢い見えん事を。いや、自分のXXが自分の食事になるとか考えたく無い。パスで。


 話を戻す。


 イヌーンドの背中に乗って小一時間。水深一キロといったところだろうか。大分深くまで潜り込んだ。魔法の効果で感じられないが、恐らく生じているであろう水圧にも関わらず、先程までいた場所とそれほど生命の数や形態は変わっていないように見えた。水中の魔獣・魔人達は俺が今かかっている魔法と同じようなものを自然と纏っているのだろうか。それとも別の要因だろうか。不思議なものである。


『で、ここが?』


 俺は口元を拭うと、イヌーンドに言った。


『うーむ。ここがぁー、奴のぉー、逃げこんだぁー、場所だぁー。』


 そうして辿り着いた場所は、上空…上水?に水流の壁が見える場所、即ちこの水の聖域と通常の魔界との境界線の近くにある巨大な横穴であった。まるでここと外がこの洞窟を通じて繋がっているように見える。


『もっとぉー、深いぃー、場所にぃー、封印んー、してたんだがぁー、逃げ出してぇー、この穴をぉー、掘り出したのだぁー。』


 ガオールだったか。確かにこの穴のサイズは、イヌーンドのそれとは全く合わない。


『ここにぃー、無理矢理ぃー、入り込むとぉー、魔力の流れが崩れてぇー、外界にも影響がぁー、出る可能性がぁー、あるのだぁー。』


『まぁ、この図体だとなぁ。』


『この海溝と、ここから生じている水流が壁となって魔界との障壁になっているわけですか。…とすれば、この横穴は魔界の外へ繋がっている可能性もありますね。』


『じゃあこの大洪水はこの水の聖域から水が溢れて?』


『加えて、地下の水脈まで辿り着いてしまったことで、余計に水が溢れているのでは。何にせよこの横穴が原因でしょうね。』


『うむぅー。それはぁー、ワシもぉー、分かったんだがぁー、どうにもなぁー。』


『まぁここから先は俺達の方がやりやすいだろう。任せてくれ。』


『頼むぞぉー。奴は凶暴だからなぁー。』


 俺は肯くと、ジュゼと二人で洞窟の中へと入っていった。



 荒々しく掘られた洞窟は、人二人が入って尚余裕のあるサイズであった。ガオールとやらが如何に巨大か、そしてそれでも入れないイヌーンドの超巨大さがよく分かるというものである。そして洞窟が空洞になっているという現実に対し、その中の土砂はどうしたのかと訝しむ。まさか食ったのだろうか。それとも外に出したりしたのか?だがそこに疑問を抱いていても、何も進まない。俺達は洞窟が崩れるのではと心配しながら、ゆっくりと水をかき分けて進んでいくことにした。


「はぁ。」


 ジュゼが溜息を吐いた。どうしたのかと聞くと、彼女は重苦しそうに口を開いた。


「見えませんか?これ。この宝石!!そして見ませんでしたかここに来る道中の美しい光景!!」


 彼女はいきり立つように洞窟の壁を指差した。キラキラと何かが煌めいている。宝石だった。赤、青、紫、様々な色の宝石。未調査の地層に当たる場所だ、こうした鉱脈があってもまぁ不思議では無い。


「持ち帰りたいの?持ち帰ればいいだろ。」


「ちっがぁーいます!!」


 彼女は珍しく取り乱した様子で言った。


「さっきの美しい光景もそうですが、これを観光資源にできればきっと客が来てウッハウハですよ!!」


「そこかよ。それは無理だろ。場所が場所だ。」


「ええ。だから落ち込んでいたんですよ!!そのくらいわかって下さい。長い付き合いでしょう。」


「まだ一年経ってねぇよ。」


 そういえばこいつは守銭奴だった。彼女が落ち込むとしたら金の話くらいだ。予想出来て然るべきだった。心配して損した。まぁ気持ちは分からなくはない。だがこの洞窟は、事の次第によるが、基本的には塞がなければならない。この洞窟を通じて外に水が出てきているなら絶対だ。そして先程の深海路については、場所が場所だけに、観光地に出来るかというとノーである。俺達が通ってきた道を使えば一般人も入れなくはないが、恐らく洞窟近くにいた生物達に食われるだろうし、そもそもあの穴もさっさと埋めないといけない。ティアの思いつきで作ったものだ。下手に悪用されるわけにもいかない。


「ま、とりあえず持ち帰るだけ持ち帰っとけ。それで我慢しろ。」


「ぐすん。はぁい。」


 本当にこういう姿は珍しい。少しは心を開いてくれているという事なのだろうか。俺は壁にガシリと手をつけ、手元の網袋(いつ用意したんだ)に、先程の涙声はどこへやら、必死の形相で宝石をかき集める彼女の姿を見ながらそう思った。


 と同時に、「こいつは金が絡むと本当にダメだな」とも思った。



 洞窟の奥は深い。慎重に、少しずつ進んでいく。水で満たされた道がどこまでも続くかと思った時、ブシャアという音が聞こえ始めた。


「この先が地上と繋がっていて、そこから水が吹き出ているのかな。」


「そのようです。つまりガオールとやらがいるのもそこかもしれません。」


「もしかすると魔界本土に出てるかもしれないが。」


「それだとかなり探すのは困難になります。」


「その場合はひとまず洞窟を閉鎖するか。」


 ジュゼと俺の意見は一致した。まずはこの洪水を止めなければならない。水の流れを巻き戻し、洞窟を閉鎖するしかあるまい。ジュゼの目が水の反射かそれとも別の何かかでキラキラと輝いて見えた。諦めろ。


 と、瞬間、グルォォォォォォォォォォッという巨大な咆哮が水を伝わり響き渡った。水が震えている。この声があれか?ガオールとかいうやつか?


 そう思う暇もなく、何かがこちらに向かってやってくるのがわかった。


「危ない!!」


 [Mode Shield!!]


 俺はジュゼにそう叫びながらシールドモードを起動した。


 通路に背中を擦り付け、ジュゼを手で制しながら、片手でウォーターシールドを起動した。


 [ヘルマスター!!][ウォーターシールド!!]


 ちょうどその時、何かがシールドを掠めた。巨大な何かが。もしあのままあそこに入れば、そのままジュゼと俺はその何かにぶつかっていただろう。


 何かは俺達と接触"できなかった"事に気づいたように、再びこちらへ向かってきた。今度はゆっくりと。お陰で俺は、その姿をしっかりと目撃する事が出来た。


 簡単な魔法の灯り故に乏しい光量でいまいち見えなかったが、それは白黒の、サメに似た姿をした、だが巨大なーーー


「シャチ?」


 と気づいた瞬間に、その生物は再び吠えた。


「グルォォォォォォォォォォォォラァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!」

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