第二十三.五話 挙兵を目にして

 数日間、ブレドール王国城下町に滞在し、色々街を歩いて過去の勇者について知っていそうな年配の方に声をかけたが、誰も過去の勇者ユートについては知らないようだった。というか、今の勇者についてすら、魔界へ旅立った事くらいしか知らないらしい。だが勇者という者が居て、国を平和にしてくれるということだけは皆が信じていた。アタシはそう言った人々の言動を受けて苦笑いを浮かべて別れるばかりだった。アタシがその勇者です、なんてとても言えない。それ程に彼ら彼女らの勇者信仰は、一歩引いて見てみると異様と言えるものだった。アタシも少し前まではこうだったな、こういうのを聞いてウキウキしてたな、なんてことを思い出す。洗脳から目覚めた気分だ。


 他の勇者は百年以上前になってしまう。とすると足取りをつかむこともできないだろう。アタシは途方に暮れてしまった。このまま何も指標無いまま生きていくしかないのか、それとも元々の"使命"とやらに戻るべきか。


 言っておいてなんだが、後者は無いな、と思った。アタシ自身がそれを望んでいない。


 となるとあれか、魔界にでも行くか。そんな考えに至った。自然界、少なくともこのブレドール王国には居られない。居ると自分自身が嫌になる。とりあえず観光にだけでも行くだけ行って、魔王にも会って、この間のお礼でも言いに行こう。


 そう思っていると、街中がやけに騒々しい事に気づく。とこの間から重々しい雰囲気があるのには気づいていたが、今はもっと酷い。兵士が闊歩し、その鎧のガシャンガシャンという音も激しく響いている。何事かと周りを見渡してみると、ブレドール王国の旗を掲げた兵士達が街の入り口に向かって行進していた。


「なんだあれ。」


 思わず声に出して呟いてしまった。するとその答えは向こうから出してくれた。兵士の先頭に立った、一層豪華な鎧を来た騎士らしき人が叫んだ。


「民達よ!!我らは神聖なるブレドール王国騎士団!!諸君の生活を妨げる事許してほしい!!我らは今より、彼の邪悪なる魔王、そしてそれを匿う悪しきイージス王国討滅のため、出兵する!!」


 その余りにも衝撃的な宣言を聞き、アタシは唖然としたが、アタシ以外の人々は拍手や口笛でそれを称えていた。


「我らの希望たる勇者が未だ魔界より戻らない今、我らだけでどこまで抗戦出来るかは分からない…。だが!!諸君の声なき声が、魔王を許さないというその声が、我らを、そして我らが偉大なる王を突き動かした!!」


 更に喝采は勢いを増していく。


「どうか諸君!!我らに力を!!我らに喝采を!!諸君の声が、諸君の思いが、我ら騎士団の力となる!!」


 喝采は最高潮を迎えた。


「ありがとう!!ありがとう!!では出陣する!!願わくば、またこの場所であい見えん事を!!…前進!!」


 その言葉と共に、騎士団ご一行様はゆっくりとその歩みを再開した。ゾロゾロと兵士が門から外へと出ていく。街の人々が拍手でそれを見送る中、アタシは呆れ返っていた。そして我慢が出来ずにそのご一行の前に飛び出した。


「む?」


 先頭の豪華な鎧を纏った騎士がアタシに気づき、歩みを止めた。


「どうした少女よ。我ら神聖なるブレドール王国騎士団に何か用か?」


「大有りよ。これを見なさい!!」


 アタシはそう叫ぶと、自分の手袋を取り、アザを見せた。騎士達はそれを見て騒然としていた。


「そ、それは!?」


「アタシがその希望だかなんだかとか言う勇者よ!!」


 言うと彼らは更に騒然とした。無理もない。このアザが勇者の証だというのは当然彼らも知っているだろうからだ。アタシは勢いに任せて思っている事を全部ぶちまけた。


「なーにが悪しき魔王よ!!何も知らないくせにベラベラ好きな事言ってくれちゃって!!いい!?アタシは魔王を倒すつもりなんてないし、万一倒す事になったとしてもアンタらに手伝って貰うつもりなんてさらさら無い!!何とか王国に攻め入る?アタシはそんな事求めてないわよ!!アタシの、勇者の名前にかこつけて好き勝手するんじゃないわよ!!分かったらとっとと踵返して帰んな!!」


 すると先頭の騎士は少し考え込んだ後、鎧の間から口を開いた。


「…勇者は…勇者…魔王…おおおおおおおおoooooooおおおおおおおoooooooooooooo」

「「「「「「oooooOOOOOOOOooOoooOOOo」」」」」」



 突然騎士達が、そして周りの人々がガクガクと震えだした。肩を震わせ、全員が全員おおおおおおと叫び始めた。何よ、何なのこれ。アタシが慌てていると、やがてその動きが止まる。そして、全員が同時に口を開いた。


「「「「「「「彼の方の命令は絶対。魔王は悪。魔王は滅ぼす。魔王は悪。魔王を匿う者も悪。故に悪。」」」」」」」


 呆気にとられていると、騎士達と街の人達が一斉にアタシを指差して、抑揚の無い不気味な声で言った。


「オ」街人の一人が言った。

「マ」騎士の一人が言った。

「エ」街人の一人が言った。

「ハ」騎士の一人が言った。

「ア」街人の一人が言った。

「ク」騎士の一人が言った。

「ダ」先頭の騎士はそう言うと、剣を抜き、振るった。



 ザクッ。


 アタシの掌に鋭い痛みが走る。


「ッッッッ…!!」


 痛い。熱い。掌に痛みと共に、何か液体が流れる感触が走る。アタシは、時間としては一瞬、だが自分の感覚としては恐る恐るゆっくりと、自分のかざした手を見た。


 アザを貫くように、騎士の振るった剣が刺さり、切先が自分の顔に迫っていた。


 言葉にならない恐怖が襲ってきた。痛みと溢れる血とでどうすればいいのか分からない。戸惑い呆然としていると、やがて騎士は剣をアタシの掌から抜き取った。そこから血が吹き出た。


「「「「「「「ジャ・マ・モ・ノ、は、サレ。ゆ、うし、ゃ、は、ユート、様、のみ。われ、ら、は、ユート様、の、た、めに。」」」」」」」


 抑揚の無い声で街人と騎士達が言う。その言葉が耳に残ったまま、アタシの意識は流れる血と共に薄れていった。



---------------



「サリア。お前は勇者だ。勇者はな、魔王を倒さなきゃいけないんだ。」


「なんで魔王を倒すの?」


「それはね、魔王を倒せば、みんなが笑顔になるからよ。」


「そうだ。で、みんなが希望に満ちた日々を送れるんだ。」


「わかった。ならアタシ、魔王を倒す!!」



---------------



 目を覚ますとそこは天国…では無かった。見覚えのある宿。アタシが今日も泊まっていた宿であった。


 今のは夢か。子供の頃の夢。最近亡くなった父と母の夢。そしてその前にあったのは…。


「目が覚めたかね。」


 考えていると、聞き覚えのある声が横から聞こえてきた。そちらを向くと、知った顔があった。ここ最近泊まっている宿屋の店主のお婆さんだった。


「無茶な事するよ。全く。」


「え?」


「あの連中の前で啖呵切ってただろ?」


「あ、ああ。」


 あれは夢じゃなかったんだ。アタシは答えた後、恐る恐る自分の手を見た。白い包帯が巻いてあった。若干まだ血が滲んでいたが、先程のように血で手が真っ赤に染まるようなことは無かった。ただ、いまだにジンジンと痛む。


「傷をくっつける薬草をつけといたから、とりあえずはもう大丈夫だろうよ。持ってて良かったよ全く。有難く思いな。」


 本当にありがたい。助かった。でもまだ意識がクラクラする。


「そりゃ血を流しすぎたからね。無理すんじゃないよ。」


「でも…。」


 あの街の人々や騎士達の異常な状況、放っておくわけにはいかない。そもそもあの騎士達を止めないと、戦争になってしまう。


「…アンタねぇ。」


 宿屋の店主は半ば呆れたように言った。


「傍目で見てたけど、ありゃアンタがどうこう出来る問題じゃないよ。この国の奴らはね、みんなおかしくなってるのさ。みんなして勇者勇者ってうわ言みたいにのたまい、次には魔王が悪だのどーだのほざいてばっかさ。…昔からこの国は勇者信仰が強いとは思ってたけど、こんだけ酷くなったのはここ三、四年だね。何か魔法でも使われてるんじゃないかね。」


 魔法。確かに、さっきの騎士達の街の人々の様子は明らかにおかしかった。正気とは思えない言動だった。それに全員が全員口を揃えて同じ事を言っていた。確か…ユート様のために…。ユート様…?前の勇者がそんな名前だったような。…何か関係があるのだろうか?


「でも魔法が使われてるとしたら、なんでお婆さんは大丈夫だったんですか?」


「おば…そこは世辞でもお姉さんとか言うところじゃないのかね、全く。…アタシゃ昔魔法を齧ってた事があったからね。多少の耐性はあるんだよ。でもこの国の連中は、基本的に魔法嫌いだろ?魔界自体嫌いだしさ。だからコロッとやられちまうんだよ。全く…。嫌い嫌いで触れずに済むなら簡単だってんだよ。」


「じゃあ、アタシは…?」


「知らないよ。大方そのアザの御加護とかじゃないのかね?」


 アザ、ねぇ。アタシはもう一度掌をマジマジと見た。といっても、包帯で見えないのだが。


「残念だけど、アザはパックリやられちゃったから、もう見られないよ。そればっかりはどーにもなりそうになかったから。」


「そう、ですか。」


 それでいいかなと思った。あっても役に立たないのは今日さっき分かったばかりだ。


「…アンタ、まだ止めようとしてるね?なんでだい。あんな痛い目にあって、まだ何かしようってのかい。」


「ええ。」


 アタシは真っ直ぐ答えた。


「あんな事、間違ってるから。」


「…はぁ。凄いねアンタ。」


 宿屋の店主は溜息をついた後、言った。


「もう止めたからね。私はもう助けないよ。」


「ええ。でも何とかします。」


 魔王でも何でも、頼れる物に頼ってみよう。何かしらまだ出来る事はあるはずだ。


 アタシは勇者だ。確かに幼い頃から、勇者は魔王を倒すとか、そういう話も聞いていた。でもアタシはずっと、それは手段であって、勇者の"目的"は魔王を倒す事じゃないんじゃないかと疑問に思っていた。今それが確実になった。勇者の"目的"はーーー。


「…アタシは、みんなに希望を与える、勇者だから。」


「…そうかい。頑張んな。」


 店主は暖かな笑みを溢した。


 そして、アタシが店を出ようとした時、彼女は呟いた。


「…まずは図書館にでも行って、何か無いか調べてみたらどうだい。あそこにゃ色々本がある。もしかしたらだけど、魔法をどうにかしたりする方法があるかもしれないよ。」


「そうします!!ありがとうございます!!」


 そう言ってアタシは店を出て行った。




 アタシは彼女の言う通り、図書館に戻る事にした。魔法に掛かっているならそれを解く方法が無いか。無いならせめて、この状況を一変出来るような、戦争を止められるような力とか、そういう物が無いか。一縷の望みを託し、アタシは地を駆けた。


 率直に言ってダメ元だ。何も得られない可能性もある。それでも何もしないでは居られなかったのだ。


 人の居ない図書館にバタバタと入る。誰も気にする者は居ない。係の人に白い目で見られた気がするが、そんな暇は無い。


 まずアタシは魔法の本を片っ端から流し読みした。洗脳を解いたりする方法が無いか。そういう魔法のアイテム的なものが無いかを見てみた。だがそれらしい物は無かった。そもそも魔法に関する本が少ない。この国はそういう国だ。魔王敵視の国、それは魔界を敵視する事であり、即ち魔法を忌むべき技術として扱うという事でもある。アタシは思い切り舌打ちした。


 魔法はもう諦めよう。なら他に…例えば勇者の特権みたいなのが無いだろうか。だって伝説の勇者なんだろ?こんな何の役にも立たない、いや立たなかったアザだけじゃなく、他にも何かあったっていいじゃないか。


 そう思いながらアタシは、この間見ていた勇者に纏わる本のフロアで、目に付くものを手当たり次第読みあさった。流し読みだ。古臭い本何十冊もテーブルの上に積み、本に載った埃で咽せながらパラパラとページを捲った。


 こちらは収穫があった。元々冊数が多いのも手伝ってか、辛うじて、それらしいものを見つけた。『初代勇者の武具』というものだ。


 なんでもブレドール王国の城の近く、初代勇者の墓に、初代勇者が身につけていた武器と防具が眠っているのだとか。だがそれは真の勇者にしか使えないとも書いてあった。本当だろうか。だが知った事では無い。アタシは一応アザを持った勇者だ。…もう無いようなものだけど、まぁいい。とにかく行くだけ行ってみよう。


 アタシは本を仕舞う事も忘れ、図書館を再びバタバタと出て行った。目指すは初代勇者の墓。そこで武具を手に入れて、連中を止める。…止められるのか?いや止めなきゃならない。こんな間違った事許してたまるか。アタシは全力で駆け出した。

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