第十六話 旅立ち

 私は自然界の王国の一つ、イージス王国の王、エスカージャである。


 先日届いた妙な魔通以来、魔界では一体何が起きているのだろうかと考えてしまう。向こうも悪気があったわけでは無いのだろうが、突然死体だの言われたので驚いてしまった。出来れば今のまま温和な関係を維持したいところであるが、向こうがどう考えているのか、それが一抹の不安として残っていた。何やら魔通では言っていた気もするが、突然の事なので忘れてしまった。


 最近は魔界で選挙があり、再選したらしい。果たして再選した魔王がどのような対応をしてくるのか、不安でならない。


 と思っていると、部下が突然飛び込んできた。何事かと問うと、その答えは私の不安を更に掻き立てるものであった。


 魔王からの魔通であった。


 私はハラハラ胸を抑えながら、今度こそ聞き逃すまいと思い受話器を取った。



**********



「あーもしもし。イージス王国国王、エスカージャ様でしょうか。私、魔王エレグ・ジェイント・ガーヴメンドと申します。ああどうもご丁寧に、ありがとうございます。お陰様で無事再選致しまして、今後とも御贔屓に頂ければと思います。突然のお電話で恐縮なのですが、少々伺いたい事がございまして。ええ、そのそちらに、時間を操る魔法使いというのがいるのではという噂を耳にしまして、出来れば是非お会いしたいなと思っておるのですが、その件について王様の方で何かお心当たりなどはございませんでしょうか。あ、無い。左様でございますか。いえいえとんでもございません。こちらこそ失礼いたしました。またゆくゆくは貿易再開等協議させて頂きたいと思っておりますので、その際はこちらからお電話差し上げますので、その時はよろしくお願いいたします。ええ、はい、では今後ともますますのご発展をお祈り申し上げます。失礼いたしました。」



**********



 頭が痛くなってきた。


 だが魔界の方もこちらに悪感情を持っていないようには聞こえたので、その点は安心した。安心したので私は一眠りすることにした。大臣も部下もまたまた誰も止めなかったのは言うまでもない。


「じゃあ魔通借りますね。」

 

 誰かが横を通った。瞬間、私の時間が止まったように感じた。



**********



「ダメだった。」


「でしょうね。」


 ジュゼは当然の如く言った。まぁ俺も余り期待してはいなかった。


「随分前の噂だしもう覚えている奴もいないだろうなあ。」


「先程貿易商に尋ねてみましたが、イージス王国で聞いた噂だというのは間違いないようです。ただ具体的にどこという情報はありませんね。」


「んー、じゃあ行ってみるしか無いか。」


 結局はそこに帰結する。


「誰が行きます?」


「俺。」


「…え?」


「いやさ、ほら、行ってみたいじゃない。自然界。」


 加えて、敵組織の動きは兎も角、それに以前よりかは支持率も多少上がりつつあり、俺も魔法を使えるようになって動きやすくなっている。それに変に他の連中に理由を説明してどうこうするより、自分でやった方が早い。


「まぁ、大まかな統治の方針は決まりましたから、後は魔界城の者でも何とか出来るとは思いますが。しかし、うーん。」


「それでもすぐに指示が必要な時というのはありますので、出かけてしまうというのは少々困りますぞ…。」


 言っている事は理解出来る。魔法が使えるからといって調子に乗りすぎてもあれだし、止めておくか。


 そう思った時、ジリリリリ、と魔通が鳴った。例の「混沌の魔界」とのものではない。自然界、それも先程かけた、イージス王国との直通魔通だった。


「もしもし?」


 俺が受話器を取ると、聞き覚えのない声が聞こえてきた。少し高めの女性のような声であった。


『ハロー?貴方が魔王様?時間を操作する魔法が知りたいって聞いてちょっと電話しちゃいましたボクはお探しの魔法使いですがちょいと今は自然界から離れられなくてですね用事がありましたら直接魔王様がこちらまで来てくださいますか?ボクはイージス王国外れのラバック山脈のどこかに居りますのでよろしくお願いしますそれではー』


 ガチャン。


 ほぼ全てを一息で話終えて、一方的にその電話は切られてしまった。



「…行くしかないか。」


「そうみたいですね。しかし油断はなさらず。向こうの理由も何も分かりません。もしかすると罠かもしれませんよ。」


 その可能性は否定出来ない。だが指名された上に、こちらが欲しい魔法を教えてくれるかもしれないのだ。行かないわけには行かない。


「まぁこうなった以上は止めはしません。ではその間の代理は私が勤めさせて頂きます。」


「頼む。トンスケは軍周りの指示を頼むぞ。」


「任されました。それと、アレですな?」


「アレだ。」


 アレとは"ジュゼを金庫に近づけない"という事だ。下手に近づけると着服しかねない。俺とトンスケはジュゼをチラ見した。いつも通りの冷静沈着なふりをしていたが、目が金に眩んでいるのがよく分かった。


「頼むぞ!!」


「頼まれました!!」


「何の話でしょうか?」


「「なんでもない!!」」



「んじゃあこれを持って行きな。通信転送機。これがあればいつでもこっちに戻ってこれるぜ。」


 シュミードに事情を話したところ、小さなスマホのようなものを渡してきた。これがあれば魔王城や登録場所を行き来出来るらしい。便利なものだ。


「これは量産出来ないのか?」


「通信だけなら簡単なんだが、転送機能付きは無理だな。これもジュゼが手伝ってくれたから出来たものだし。」


 相変わらずこの辺はしっかりやってくれている。本当、金に目が眩む部分を除けば優秀なのだが。


 しかし量産出来ないというのは残念な話である。量産出来れば人々の生活も便利になるのだが。


「転送距離に応じて魔力もバカ喰いするからな。アンタの魔力なら自然界と魔界の間の転送も余裕だろうが、普通の人間じゃ隣町に飛ぶだけでヒーコラ言うレベルだ。」


「じゃあ量産しても使えないか。」


「ああ、例の科学者連中が研究してる輸送手段を使ったほうが安全だよ。」


 魔法は万能だが完全ではない、その事が痛いほどよく分かる話である。


「分かった。ありがとう。貰っていくよ。」


「ああ、気をつけてな。」


 挨拶を交わし、俺はシュミードの鍛冶場を離れた。



 俺は魔王城の門の前でジュゼとトンスケに見送られることになった。


「これをお持ちくだされ。」


 そう言ってトンスケに渡されたのは、緑色の飲み物と布切れだった。何これ。


「魔力を回復させる薬品と、回復用の魔法陣ですぞ。」


「自然界でも魔力を持った人間であれば魔法は使えます。ですが魔力が空気中に存在しないので、使った魔力が回復しないのです。その薬品を飲むか、その魔法陣を地面に敷いて一晩休む必要があります。魔界は地の底ですから、徐々にですが地面から引き出すことも出来るのです。一晩もすれば十分回復するでしょう。」


 なるほど。RPGのエーテルみたいなものだな。でこっちはテントと。有難く使わせてもらおう。


「それではお気をつけて。何かあればそちらの通信機に連絡致しますので。」


「ご無事をお祈りしておりますぞ。」


「ああ、ありがとう。んじゃいってくる。」


 そう言って俺は魔王城を背に出立した。まず目指すは魔界と自然界の検問所。この三ヶ月間で行ったことがなかった場所へ一人で旅立つ事になった。怖さもあるが、それ以上にワクワクもしていた。何というか、冒険が始まるという感じがした。



**********



「どうもお借りしました。」


 その言葉と共に私の意識は復帰した。…今何が起きた?部下に聞いても分からない。分からないものは仕方ない。日々の公務で疲れているんだろう。私は一眠りすることにした。大臣も部下もまたまたまた誰も止めなかったのは言うまでもない。

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