第532話【異世界食糧計画(AFP)2】

<<イリヤ視点>>

さて、お母様達の献身的な看護により終息を迎えた天然痘による厄災。


残念ながら死者を出すことは免れませんでしたが、それでも死者数は数百人と星単位の感染としては驚異的に低い数値で収まったのは何よりでした。


騒ぎがひと段落してから徹底的に感染源を調べました。


どうやら原因はこの星の社会基盤に問題があったようです。


実はこの星、現王が完璧な社会主義思想の持主であり、完璧な平等世界を追求しているのです。


その結果、収穫された農産物や生産物は全て各地に設置されている国営倉庫に一旦納められ、必要量を計算した後各家庭に均等割り振りされる仕組みでした。


この仕組みは理想論としては良いのかもしれませんが、様々な問題を起こす危険性を孕んでいます。


まあ、その辺りは後々の展開に出てくるのですが、ひとまずは感染源です。


どうやら、この倉庫に持ち込まれた他の星からの輸入食品に天然痘ウイルスが混じっていたようなのです。


天然痘ウイルス自体は既に多くの星で根絶されており、ワクチンの問題も無いのですが、未だ発展途上の星々では天然痘という病気自体を知らないところも多いのが実情です。


この星では過去に天然痘が発生したことがありませんでした。


たまたま試験的に輸入された果物に付着していた天然痘ウイルスは各地の国営倉庫に収められることとなり、それぞれの倉庫内で作業する人達の間に感染者が増えていたようです。


そして倉庫から出荷時に配送担当者を経由して各家庭まで分散して、結果、星全体で同時期に一斉に発症したと思われます。


これだけ広範囲に感染が拡がった中で、数百人の死者しか出なかったのは奇跡としか言いようがありませんが、実は理由があるのです。


ひとつはカトウ運輸の社員は全員ワクチンを打っていたということ。


通常国営倉庫から各家庭への配給は、配送担当の公務員が各地区の集会所まで運び、各家庭に配られることになっています。


そのため、倉庫担当者が配送担当者に配給品を手渡す段階で天然痘ウイルスが拡散したのです。


また感染した倉庫担当者が触った配給品にもたくさんウイルスが付着していたのでしょう。


ただ、早い時期に配送担当者が発症し、配送が困難になったところが多く、途中からカトウ運輸が代理として配送を請け負っていました。


カトウ運輸の配送用トラックは完全な滅菌処置がされていますので、天然痘ウイルスの多くは死滅していたと考えられます。


そのため、早期に配送されていた配給分のみが感染の媒介となっていました。


次に、感染者の早期発見です。


カトウ運輸の社員は伝染病についても教育を受けています。


当然、配給の配送をしている途中で感染者を見かけることになった社員は、すぐにそれが感染症であることを見抜き、本社を通じて政府と国際連合に連絡しました。


この連絡が、わずかな死者で済んだ最大の功績だったのです。


お兄様はこの現場からの第一報を受け取り次第、すぐにこの星にカトウ運輸で保有するワクチンや医療器具を送り、全社員に状況の把握と患者の隔離を徹底させました。


そしてお母様が乗り込んだ時には、ほぼ感染状況も把握できた状態だったのです。



なにわともあれ、最小限の被害で済んだ今回の天然痘騒動ですが、まだ別の問題を孕んでいました。


食糧問題です。


この国の社会制度の都合上、全ての食品は国営倉庫に集められています。


国営倉庫の中には全星民が1年間食べられるだけの食料備蓄があったのですが、感染源となった食物が入っていた倉庫は全て隔離されてしまい、そこから食料を取り出すことは出来なくなっています。


当然各町には食料備蓄は無く、配給が止まった時点でたちまち飢餓状態に。


そしてお母様達の活躍はここからが本番だったのです。


「国際連合加盟国の皆さん。わたしは異世界食糧計画の総裁をしておりますリザベートでございます。.......」


全異世界に向けたお母様の食料調達の呼び掛けは、先の献身的な看護風景のテレビ放送とも相まって、その寄付の輪は瞬く間に拡がっていきました。


食料はもちろん、衣料品や日用品、飲料等あらゆる生活物資が集められてきました。


そしてその輸送と配達を請け負うのは、国際連合の1機関となったばかりのカトウ運輸でした。


感染者を隔離するために調べ上げた住民情報はここでも生きてきます。


的確に分配され必要なところに必要な数を一瞬で配達することにより、本来なら2次災害になってもおかしくなかった飢餓の問題をひとりの死者も出さずに解決してしまったのでした。


このカトウ運輸の奮闘ぶりも当然密着取材中のテレビクルーを通して全異世界に伝えられました。


こうして異世界食糧計画(AFP)はその名を異世界中に知られることになったのです。






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