第450話【夢の跡1】

<<マサル視点>>


タケイナーさん達の協力もあり、アースを無限エネルギーの牧場とされる前にゼロスから解放することが出来た。


いろいろ思うところはある。


あの砂漠を歩いていた少女達を思い出すと、俺は正しいことをしたのだろうかと不安にもなる。


解放したことで彼女達が不幸になったなんて考えは俺の驕りでしかないんだ。


彼女達の幸せは彼女達が決めることであって、俺達が決めるわけじゃない。


そんなことは分かっているんだよ。




「様、お父様、お父様、お、と、お、さ、ま!」


誰かの呼ぶ声に気付き、声のする方向に振り向く。


「イリヤか。」


「お父様ったら、思い詰めた顔でじっと窓を見つめたままなんだから。


心配してたんですよ。」


「すまないな。この前のアースでの出来事が、頭に残っててな。」


「そりゃお父様の故郷なんですから思い入れがあると思いますけどね。


でもお父様がラスク星に移ってから、向こうの時間でももう100年以上も経ってるんですからね。


今のアースはお父様の知っているアースじゃないんですよ。」


「それはそうなんだが。」


そうなんだ。


俺がラスク星に召喚されてこちらの時間で既に300年以上経っている。


時間軸が違うから地球でも300年かと言われるとそうじゃなくて、実際には100年くらいしか経っていないのだけど、それでも100年なんだよな。


もちろん、アースに知り合いなんてタケイナーさん達以外にはもういない。


だから故郷とは名ばかりだと思ってた。


でも、100年前とほとんど変わらない地球の姿を見て少し感傷的になったのかもしれないな。


アフリカでは昔と同じ様に内戦やテロが横行してるし、ウオール街や兜町ではいまだに株価に一喜一憂している。


国連では相変わらず東西の対立で建設的な議論は出来ていないしね。


本当に文明が止まったんじゃないかと思うくらいに。


地球誕生秘話の撮影の合間にゼウス様が話して下さった『終わらない文明なんて無いんじゃないかな。』って言葉を思い出す。



………

「マサル君、わたしはね、より良くなりたいと強く思う気持ちが文明を育てるんだと思うんだ。


でもね、ある一定まで来ると、ほとんどの人が満足する世界にたどり着く。


そして、その文明の中だけで向上心が満足しちゃうだろう。


そしたら、新しい文明なんて考えもしないんじゃないかな。」


………



ゼウス様はずうっとアースを見続けていたから余計にそう思ったんだろうなあ。



「お父様、お父様の魔道具解析のお陰で、国際連合加盟国全ての星に対ゼロス迎撃システムを配備出来ました。


運用も異世界防衛連合軍で可能になりそうです。


今回の一連の騒動で、加盟を希望する星がかなり増えたんで、お兄ちゃんは大忙しみたいですけど、お父様はしばらくお休みになられたらいかがですか。


最近働き詰めだったじゃ無いですか。


お母様も心配されていますよ。」


「そうだな。お前達が頑張ってくれているからな。


よし、リズと温泉にでも行ってくるかな。」


そうだ、こんな時こそ心にゆとりが必要なのだ。


俺はその足でリズの部屋に向かい温泉に誘う。


リズに否応も無く、すぐにスケジュールを白紙にして付き合ってくれることになった。


あまりにも簡単なスケジュール撤回を心配したのだが、彼女はあっけらかんとしたものだ。


「別にわたしが居なくても大丈夫なのです。


暇にしているから呼ばれるだけで。


次の世代は十分育っていますよ。


わたしが居ない方が良いんです。」という感じだな。


こうして俺とリズは久しぶりの2人バカンスを楽しむことになった。


俺が選んだ温泉は地球の奈良県にある鄙びた温泉である。


俺がまだ日本人だった頃に1度だけ来たことのある場所で、当時から既に人影もまばらな場所ではあったのだが、あの当時よりももっと寂れている感じがする。


当時でも申し訳程度であった旅館街は、既に無くなっており、集落の住民によってかろうじて維持されている状況である。


俺達が向かったのは、そこよりももっと奥の秘境と呼ばれる場所に湧き出ている温泉だ。


源泉の熱い温泉が川に流れ込んでいるところを塞き止めて2人が十分に入れるくらいの浴槽を作る。


ただそれだけ。


後は亜空間内に常時置いてある生活空間を使って滞在するのだ。


呼べばメイドも来てくれるし、すぐに屋敷にも戻れるのだが、今回はどちらも使わないようにしようと、あらかじめ決めてある。


「マサルさん、ここは良いところですね。


景色も良いし、空気もきれい。


初めてなのになんだか懐かしい気持ちになります。」


「そうだな。人もほとんど来ないし、魔物も居ない。

大型動物もあまり居ないだろうしね。」


もちろん辺りには結界を張ってあるので人も動物も寄ってくるはずは無いのだが、こんな会話もありじゃないかな。


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