第236話 【ワルダー盗賊団3】

<<マサル共和国警備隊隊員クルス視点>>

俺の名はクルス。2回目第2陣の移民として、このマサル共和国にやって来た。


元々は、石工をしていたのだが、マクベス警備隊長の姿に憧れて、警備隊に志願し、無事警備隊隊員として採用された。




先日、首都の警備体制が強化されることが決まった。


観光客が急増している中で、なんらかの犯罪が発生した場合を想定した対策ということだ。


具体的には、入国審査時の犯罪歴の確認や各区画毎への監視魔道具の設置と24時間監視体制だ。


俺がいる詰所にも、本部とのホットラインが引かれて、いつでも情報共有できるようになっている。


ちなみに俺がいる詰所は、入国用の転移門や港のすぐ近くにあるため、入国者の最初の審査を受け持っている。


建国当初は、観光客は貴族が中心だったので、身分確認や審査は特に問題なかったが、昨今はダンジョンの発見に伴い、自称研究家や冒険者が大部分を占めており、審査が難しくなっていることも、今回の強化の理由の一つだろう。








俺の自宅は詰所から10分くらいの集合住宅の1室だ。


広さは50平方メートル程度の2LDKで、一人暮らしには充分な広さがある。


家賃は給料天引きであるが、補助が出るため非常に安い。


食事にしても、詰所近辺には安くて美味い酒場や食堂がたくさんあって、全く困らない。


以前住んでいた小国に比べれば月とスッポンだ。


本当に移住して来てよかった。


早くアイツも呼んでやりたいが。


俺には故郷に幼なじみの女がいる。


小さい頃から将来を誓いあった仲だ。


アイツの家は貧農だった。


いくら働いても地主である貴族に毟り取られ、次の作付けのために地主から借金をして苗を買い、作物が出来たら、借金を返すのがやっとという感じだ。


その借金地獄のために、アイツは俺と一緒に移住出来なかった。


親兄弟を見捨てられないからだ。


俺は先に移住して、借金の返済額を工面しようと思って、アイツを置いてこの国に来たのだ。


この国に来て、故郷のような絶望感は無い。


頑張ればそれだけの収入は得られるからだ。


ただ、借金を返済するだけの金額を貯めるにはどれだけの期間が必要になるのか。


少しでも早くアイツを助けてやりたいのに。








ある日、非番で街をうろついていた俺に声を掛けて来た観光客がいた。


「すいません、貴方様は警備隊の隊員様ですよね?


突然声を掛けさせて頂き失礼しました。


入国の際にお見かけしたものですから。


警備隊の方なら信頼出来ると思い、声を掛けさせて頂きました。」


身形が良く、穏やかな顔をしたその男は、ニコリと笑顔を浮かべながら俺の顔を見ている。


「確かに警備隊員ですが、わたしに何かご用でしょうか。」


「わたしは某国の上級貴族の執事でございます。


実はおりいってお願いがありまして。


こんなところでは何ですから少しお時間を頂けませんでしょうか?


なに、そんなにお時間は取らせません。」


その男はそう言って俺を近くの高級酒場に誘った。


貴族の家中の者を無碍にするわけにもいかず、俺はその男に付いていった。


俺達は案内された個室に入る。


「わたしはレンジと申します。


仕えている主人の名前は伏せさせて下さい。


実はわたしの主人は、とある小国の上級貴族なのですが、謂れの無い政変に巻き込まれ、現在謹慎処分を受けております。


このようなことは貴族の世界ではよくある話しで、しばらくすれば謹慎も解除され、元の地位に戻るのですが、主人が少しわがままを申しまして。


その願いを叶えるために、わたしはこの国に参ったわけです。」


話しを聞いている間に、見たことも無いような高級料理が運ばれてくる。


「さあ冷めないうちに頂きましょう。」


うめぇー。


俺の給料じゃお目に掛かれないような豪華な料理が目の前に並んでいる。


「これ食っちまっていいのか?」


「どうぞ、貴方様… 失礼 お名前を伺っても?」


「クルスだ。」


「ありがとうございます。この料理はクルス様のために用意させて頂いたのです。


さあ、どうぞお召し上がり下さい。」


俺は夢中になって食った。


食べている間、レンジは俺の故郷の話しを聞いてきた。


俺は故郷の家や置いてきた女の話しをしたんだ。


あらかた食べ終えて、腹がいっぱいになった俺は、目の前のレンジに話しかける。


「ご馳走様、美味かった。


ところで俺に話しがあるって言っていたが。」


「そうでした。あまりの食べっぷりの良さに忘れるところでした。


実は、我が主人は、大のダンジョン好きでして、世界中のダンジョンのほとんどに入っておられます。


この度、この国にもダンジョンが発見されたと聞きまして、どうしても入りたいと申しております。


ただ、現在は謹慎中の身、表立ってこの国に入国することは叶いません。


聞くところによると、この国の入国審査では、顔写真による照合があるとか、クルス様、入国審査の際にわたし共一行を審査したことにして、通して頂けないでしょうか?」


「そういうわけにはいかないなぁ。」


「決してクルス様にご迷惑はお掛けしません。


そうだ、御礼と言っては何ですが、先程お話し頂いた女性の家族をお助けしましょう。


先ほどお伺いしましたクルス様の故郷は、我が主人の遠縁に当たる貴族が治めていたはず。


もし上手く、ことが運びましたら、主人の方からそちらの領主様に働きかけましょう。」


俺の心は大きく揺れ動いていた。

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