印象Y

あーる

印象Y

幼稚だな──彼女に抱いた印象は、そんなものだった。


「わたしのこと、幼稚だって思ったでしょ?」

「え……?」


そこには、あるはずのない少女の姿があった。

見間違いかと思って目をこすってみても、金髪の少女が頬を膨らませながら僕を見ている。


「わたしのこと、幼稚だって思ったでしょ?」

「いや、別に……」

「なによ、ちょっと年上だからって偉そうに」

プンプンしている少女は、しかし僕よりもずっと年下なように見えた。

「でも君はちっちゃいじゃないか」

「ちっちゃいわよ。ちっちゃいのがなにか悪いのかしら?」

「それは……」

「外見なんてただの記号よ。大事なのは中身」

少女が、自信満々な表情で平らな胸に手をやった。

「そんなこと言って、ずいぶんと派手なワンピースを着ているじゃないか。あんなに真っ赤な──」

「どこ見てるのよ。わたしが着ているのは、純白なワンピースよ」

視線を少女に戻すと、得意顔でワンピースのすそまんでいた。

「そもそもね、色の違いなんてものは色相・明度・彩度の量的な違いでしかないの。赤も青も、量的に異なるってだけで質的には一緒よ。人間が自分勝手に線引きしているだけ」

「子どもなのに物知りなんだね」

「目は見えるもの。本だってたくさん読んだわ。どう? わたしは幼稚なんかじゃないでしょう?」

少女はまたも自慢げなポーズをとった。すぐに怒ったり、気取ったりしていて、子どもっぽさがまったく隠せていない。それに──

「でも、君があんな状態になっているのは、君が大人しくしていなかったからじゃないか。大人しく自分の立場をわきまえていれば、あんなことにはならなかったんだ。……君はやっぱり幼稚だよ」

「わたしがきばいちゃダメだってわけ?」

「だって、君はみんなの手をわずらわせる迷惑な存在なんだよ? ハンデを負っている君を、みんなが嫌々面倒を見ているんだよ? 君はみんなのおかげで生きることができるんだから、みんなに逆らっちゃダメなんだ」

「ふん、バカバカしいわね」

「え?」

少女は、一点のくもりも感じられない瞳で僕を見た。

「どうして、ハンデを負っていることが悪いことになるわけ?」

「そ、それはだから、手がかるからで……」

「赤ん坊や老人だって、手間がかかるわよ。あなたも、誰かのおかげで今日まで生きてこれたんでしょう?」

「でも、君は僕やみんなとは違う……!」

「ハンデだって、色と変わらないじゃない」

「え……?」

つまらなそうな表情で、少女は僕にこう言った。


「健康な人間にだって、なにかしら欠陥はある。わたしにはその欠陥が量的に多いってだけで、質的には彼らとなんら変わりないわ」

道行く歩行者を見やる少女。歩行者のほうはといえば、少女になんか目もくれない。

「結局、ハンデだって社会が自分勝手に作り出したものなのよ。あなたの言う『みんな』にわたしが含まれていないのも、あなたがエゴイスティックに人間を線引きしているからでしょう?」


僕はなにも言い返せなかった。

「ま、雑音が聞こえないのは楽だけどね。あーでも、歌えないのはちょっと残念かしら」

悲観的な雰囲気なんて一切感じさせずに、少女はそう言ってみせた。


どうして少女は、そんな風に生きられるのだろう。自分はハンデを負っていて、現に社会からけむたがられているのに、どうして社会に抗うことができるのだろう。

僕はその理由を、少女に聞くことができなかった。僕には声があるのに。


「これより、謀反人むほんにんに制裁を下す!」

誰も見てなんかいないのに、男が律儀に宣言した。


少女が、まっすぐな眼差しで男を見据えている。

いや、少女が見ているのは男の傍らにある現実か。


「今度は──」

少女が口を開いた。

「今度は絶対に、この社会に文句を言ってやるんだから。それも、とびっきりの大声で」

その横顔は凛としていて、力強さを結晶にしたみたいだった。


「君は、怖くないの?」

「怖い? なにがよ?」

少女がこちらに振り返る。

「社会に声を挙げたら、またあんな目に遭うかもしれないんだよ……!」

僕は少女から目を離し、少女に目を向ける。

「怖くないわよ」

やっぱり少女は、自信満々にそう言った。

「……どうして?」

震える声で、少女に尋ねる。


「だって、わたしは間違ってなんかないもの」

まぶしくて、いっそ目を背けたくなるような純な笑顔だった。


この少女をなんと形容すればよいのだろう。「強い」でも、「命知らず」でもなく──


「社会にあだなす不届き者に裁きを!」


刹那、無情にもそのときは訪れた。


通行人の目に触れることなく、少女は悲鳴を挙げることすら許されずに最期を迎えた。


ふと目をやると、そこに少女の姿はなかった。

どうして僕にだけ見えたのかはわからない。そもそも少女なんてはじめからいなかったのかもしれない。それでも──


少女は社会に声を奪われ、社会に命を奪われたのだ。


勇敢だな──そうだ。この形容が一番しっくりくる。




雑踏の中、金色こんじきが乱れ真っ赤に染まった断頭台に、手を合わせた。

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印象Y あーる @initialR0514

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