最終話

 「はぁ、はぁ……撤退した、か」


 人間界へと無事に戻ったのか、こちらの世界から蒼鬼たちの妖力と気配が消えた。酔鬼の身体に乗り移っている覇鬼もそれを感じたらしく、気配が消えた方向へと顔を向けていた。


 「『やれやれ、困った子供たちだ。世があれだけ愛でていた恩を仇で返すとは』」

 「愛でていた?……ハッ、『道具のように』を足りねぇぞ」

 「『フム、これは予定が狂ってしまったが……まぁ良い。お前が戻れば問題無い』」


 オレの前に空中から着地した覇鬼は、無作為にオレの間合いへと入り込んだ。咄嗟の事で動く事が出来なかったオレは、刀を振るえずに首を握り締められた。

 抗う事も出来ず、刀が手から離れ、オレの体は宙へと浮かんだ。血反吐を吐きそうになりながら、オレは目の前に居る覇鬼を睨み付ける。


 「『フハハハ、この状況でも殺意を捨てないとは結構。世は気性の荒い者は好みだ……さて、では始めるとしようか、我が息子よ』」

 「何を始める気だ?オレはお前の玩具にはならない」

 「『フッ、それは後の楽しみとして取っておこう』」

 「――っ!?」


 そう言った瞬間、オレの全身が違和感に襲われる。視線を下に落とした瞬間、覇鬼の腕がオレの体を貫いていた。地面へと伝う赤い滴を感じ、オレは意識がグラリと揺れた。


 「っ……」

 「『フッ、まだ意識を保てるか。流石は我が息子だ。どれ、次はこうしてみよう』」

 「く、そ……」


 遠くなって行く声と視界が霞んでいき、オレの意識が途絶えて逝く。やがて現実との接点は絶たれ、オレは夢の世界へと旅立った……。


 

 ――ここは、何処だ?


 真っ白な世界の奥で、誰かが立っている。目を凝らして見つめるとそこに立っている人物が茜である事に気付いた。


 ――生きろよ、茜。


 伝わっているかどうかなんて分からない。かなりの距離があって、この言葉が聞こえているかも分からない。ましてや本当に自分が言葉を発しているかも分からない。


 ――泣くな、茜。お前には味方がたくさん居る、大丈夫だ。


 だが必死になって手を伸ばす茜を抱き締めようと手を広げたが、目の前で茜は消滅してしまった。抱き締める事も出来なかったオレは、遣る瀬無い心の行き所を探した。

 

 『――焔様、此度こたびいくさ……何故、人間界を?』

 「さぁな。オレはただ、殺れと言われたから殺るだけだ。それ以上でもそれ以下でも無ぇよ」

 『左様で御座いますか』

 「あぁでも、強いて言うなら一つだけあったな」

 『やはり何か理由が?』

 

 そう問い掛ける餓鬼に対して、オレは振り返って微笑みながら言った。


 「――オレは、人間が好きなんだよ」


 そう告げて刀を抜いたオレの頬には、何故か涙が伝い続けていた。

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