第129話

 「――その時は、もう少し強くなっといてくれやぁ」

 「ぐっ……くそっ!!!!!」


 俺は空中で拳を振り下ろし、吐き捨てるように言葉を出した。強く握られた拳は震え、喉奥からは悔しいと感じている自分が怒りを浮かべる。

 俺という存在が、鬼組幹部という存在が……何より、あの人に付けて貰った名で破れ、汚してしまった事に対して怒りが止む事は無い。俺が弱かったから、ただ、負けただけだ。


 ――俺が、弱かったから。


 「くそっ……強く、なりてぇ……なりてぇっスよ、アニキ」


 俺はそう呟きながら、足元に落ちる滴を見つめる。灰色に染まる空から雨が降り、その雨に打たれた俺は空を仰いだ。何かを求め、彷徨うように……


 「――負けてしまいましたか?ハヤテ」

 「っ!?」

 

 空を仰いでいた時、背後から突如として現れた気配。その気配は良く知っているし、鬼組に居る者であれば誰でも知っている妖力だ。この冷たさ、この寒気は良く知っている。


 「俺を笑いに来たんスか?姐さん」

 「私はそんな暇ではありませんよ。今の私は氷で作ったただの分身ですから、そんなに警戒されても困ります」

 「じゃあ、何の用なんスか?今は、一人にして欲しいっスね」

 「敗北に傷心するのは良い事ですが、それよりも緊急事態です。我らが総大将の妖力に異常が生じているのは、感じ取れないのですか?」

 「さっきから感じてるっスよ。だけどこれは……」


 俺は大した事は無い。ただアニキが本気を出しているだけかと思ったが、すぐにそれは勘違いであると悟った。何故なら、アニキが勝負事で本気になる事は滅多にない。

 あるとすれば二つ。一つは仲間の為に自分の力を振るう時。そしてもう一つは、相手を殺すと決めた時だけだ。だがしかし、それはつまり……


 「アニキッ!!!駄目だアニキ。使!!!」


 俺はハッとした途端にそう叫び、妖力を感じる方角へと体を向けた。真横へと近寄ってた刹那の氷は砕け、その場を覆い尽す妖力は禍々しい物へと変貌した。

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