第104話

 「……っ!」


 妖力が遠くなって行く。彼の妖力だけではなく、もう一つの強い妖力も一緒に。場所を移動しているのだろう。この町に居る者全てに被害が出ないよう、という考えての行動だろう。


 「……何処へ行く気じゃ。鬼っ子」

 

 ワシの目の前で拘束されながらも、移動しようとした鬼っ子を杏嘉が気付いて取り押さえる。下敷きになった鬼っ子はワシの事を睨み、怒りよりも悔しいといった感情が見える表情を浮かべた。


 「っ……行かせてくれ。オレはあの人に……確かめたい事があるんだっ」


 その表情を見せるとは思わなかったが、おいそれと解放すれば被害が出る可能性だってある。その可能性を疑っている事は、鬼っ子自身も理解しているはずだ。

 ワシは煙管を咥えながら、覆い被さっている杏嘉を一度見た。すると杏嘉も同じ考えらしく、静かに首を左右に振った。

 

 「行かせてやりたいのは山々じゃが、ワシらはお前さんを相手するのが役目じゃ。殺せと命じられては居ないが、細かい判断はワシらの好きにして良いとも言われている。ここでお前さんを生かすも殺すも、ワシらが決める事じゃが……?」

 「……じゃあテメェに従えば、行かせてくれるってのか?」

 「素直に言う事に従うとも思えんのじゃが、平たく言えばそうじゃな」

 「おい、綾っ」


 ワシの言葉を聞いた杏嘉は、「冗談だろ?」と言いたげな視線を向ける。ワシはその視線を真っ直ぐ返し、煙管を口から離して目を細めた。

 視線だけで会話をする事は、良くしていた間柄だ。たかがこれだけの仕草をしただけで、杏嘉は肩を竦めながら鬼っ子から覆い被さるのを止めた。


 「?……何だよ」

 「黙れ。下手な行動をすれば、即効首を落とす。大人しくしてろ」

 「……」


 鬼っ子は疑問を浮かべながらも、杏嘉の言葉に従った。やがて溜息混じりに拘束を解いた杏嘉は、ワシの隣に胡坐でドスンと座って腕を組んだ。納得のいっていない表情を浮かべているが、渋々理解したらしい。


 「さて、ワシの言葉に従うのなら、蜘蛛の糸を解いてやっても良いぞ」

 「……従えば、ね。条件は何だ」

 「一つは拘束解放後、ワシはお前さんに妖術を施す。その妖術は、お前さんが離れれば離れる程、毒を仕込む代物じゃ。普段は拷問で使うのじゃが、今回は趣向が違うからのう」

 「……」

 「次に今後の為、お前さんとワシの間に協定を結ばせてもらおう」

 「協定、だと?」

 

 その提案を聞いた杏嘉は、ワシの隣で睨み付けるように視線を向けてきた。確かに仇である者と協定を結びたくはないと思っているのだろうが、戦って見て感じたのは黒騎士一人一人の戦闘力の高さだ。

 このまま協力したとしても、それが終わり次第また戦闘……という繰り返しは、正直言って御免こうむりたい。


 「そうじゃ。ワシとここに居る杏嘉、二人とだけでも構わん。互いに不戦協定を結びたいと思っているのじゃが構わんだろ。お前さんだって、面倒事は避けたいじゃろう?」

 「……分かった。その条件で良い。だが忘れるなよ?テメェら以外がオレに干渉すれば、即効でオレはそいつを殺すぞ」

 「あぁ、構わんよ。――では、これはもう必要無いのう」


 ワシはそう言って、煙管で鬼っ子を拘束していた糸を突いた。バラバラと切断され、拘束が解かれた事を理解した鬼っ子は自分の身体を確かめる。だがすぐに移動するのではなく、ワシへ手を伸ばして口を開いた。


 「おい、早くしろ。妖術、オレに施すんじゃねぇのか?」

 「はっはっは、魂消たまげたのう。杏嘉、この鬼っ子はお前さんよりのようじゃぞ」


 ワシは挑発混じりに隣に視線を向けると、杏嘉はムスッとした表情を浮かべて顔を逸らして言った。


 「うるせぇ。どうせアタイは良い子じゃねぇよ」

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