第69話

 『お久し振りですね、。そしてよ』


 ノイズ混じりの声が耳に入り、オレは足を止めた。いや、止めずには居られなかった。何故ならその声は、オレと茜にとって歓迎する訳にはいかない声だからだ。


 「――お前こそ、久し振りだな。蒼鬼そうき

 『それはもう。……しかし、我らが姫君を人間界へ連れて来るなど、身体に毒になる危険を省みない行為ではないか?我が同胞よ』

 「お前に言われなくても分かってる。そもそも、そんな話をしに来たんじゃねぇだろ。……さっさと本題を言え」

 『ふむ、良いだろう。単刀直入に申し上げるが、貴様はここで排除する事になった。そして姫君には、即刻我らの元にお戻りになって頂く!』


 そう告げて手を挙げた蒼鬼の言葉と同時に空間に亀裂が入った。その亀裂からは腕が生え、やがて餓鬼がその姿を現した。全部で四体だが、その上蒼鬼を手数に加えると分が悪い。

 オレはそう判断した結果、茜の身体を抱き抱えて駆け出した。


 「え、あ、ちょっとほーくん!?」

 「大人しくしてろ!文句なら後で聞いてやる!」


 多少じたばたとした茜だったが、オレの言葉に従うように大人しくなる。町中で争う訳にも、ましてや茜を争いに巻き込むのも避けたい。だがしかし、茜一人をどこかに隠しても蒼鬼は探索能力にも長けている。無駄な行為でしかない。

 そんな事を考えながら、オレは町から離れて森の中へと逃げ込んだ。しばらく進んだ先にひらけた場所を見つけ、オレは逃げていた足を止めて立ち止まった。


 「ほーくん、どうするの?」

 「蒼鬼は強い。本気でやらなきゃこっちがられる」

 「でもほーくん、力を使ったら……?!」

 

 オレは茜の口を指で塞ぎ、その言葉の先を制止させた。言いたい事は分かっているし、心配してくれるのは嬉しい限り。だが、手加減した状態で勝てる程、甘い敵ではないのもまた事実。 

 ならば、本気で戦うしかない。その選択肢しか、今のオレには無い。


 彼女を――茜を鬼門きもんから連れ出した時から覚悟は出来ている。


 「……鬼火、火竜円舞」

 「ほー、くん?」


 オレは自分の覚悟を思い出し、茜の周囲を炎蛇で囲った。その行為に動揺したのか、それとも驚いたのか。だが少し時間が経った瞬間、茜はハッとした様子で、自分の力を使おうとした。


 ――パリン。


 「っ!?」


 だがしかし、刀の形まで作った光はすぐに砕けるように弾けた。何故ならそれは、オレの力で封印したからだ。茜も鬼門の奥で育った鬼の半妖であると同時に、その妖力は計り知れない。

 だからこそオレは、今この時点で茜の妖力を封印する事にした。今の茜に妖力が残っていれば、きっとこの先も狙われ続けるのは必然。ならばその気配の源である妖力を全て、オレに内側へと閉じ込めてしまえば良い。


 「茜、しばらく眠っていてくれ」

 「駄目だよ、ほーくん!!私も一緒に戦うって、鬼門から出る時に約束したじゃん!!なのに何でよ!!」

 「悪いな。でもこうするのが一番簡単な方法なんだ。――少なくても数十年あれば、あいつらも諦めてくれるはずだ。その間、オレがなんとかしてみせる」

 「駄目だよ!そんなの駄目だよ!ほーくんってば!」

 

 炎で出来た見えない壁に手を伸ばすが、その先まで伸ばす事は出来ない。まるでガラス張りの箱に閉じ込められたように茜は、その見えない壁を叩き続けている。心配そうな表情か、はたまた不安な表情なのか、それともどっちもか。

 オレはそんな茜に笑みを浮かべたまま、心の中で謝罪して口を開くのである。


 「――封眠ふうみん安鬼あんき急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう。良い夢を、茜」

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