第59話

 ――夢を見た。

 

 それは恐らく夢だが、それでも夢だとは思えない程にリアルで曖昧な夢。自分がそこに居ると分かっていても、でも本当はそこ居ないと錯覚してしまう程の違和感を持った夢。


 『――さ……れっ』

 

 色も無く、ただ灰色に染まった世界。見える全ての景色が灰色で、自分自身も灰色に染まり切っている世界の夢。


 『さ……――っ……――れ』

 

 ノイズ混じりに聞こえる声を発する誰かの顔は見えなくて、それでも何処か聞いた事のある声。暖かく、自分の事を優しく包んでくれる声に聞こえる。だがすぐにノイズに負けてしまい、聞こえなくなってしまう。

 夢の視界を動かせば、自分が何も無い場所でただ立ち尽くしている事に気付いた。


 『――……――!!』


 再びノイズ混じりの声にハッとして視線を下から上げると、色の無い何かが迫って来た。それを急いで回避しようとしたが、自分の身体が何か縛られているのかと思う程に動けない。

 そして迫って来た何かに衝突し、自分の意識は夢から現実世界へと引き戻された。

 

 「――っ!?」


 バッと起き上がって周囲を確認したが、そこは紛れもない自分の部屋だった。何処を確認しても、どう見ても自分の――私の部屋だった。


 「はぁ、はぁ、はぁ……何だったんだろ、今の夢……」


 布団に包まれた下半身と起き上がった上半身。膝の上には自分の手の平があり、その手を眺めながら夢の事を思い出す。感覚的に覚えているのか、それとも身体が覚えてしまっているのか。

 私の手からは、震えが止まらない。動悸も早く、一番の感覚は夢自体だろう。


 「私……今の夢、知ってる……?」


 震えの止まる様子の無い手を片方の手で掴み、私は深呼吸を繰り返す。夢の事を考えても、私には身に覚えは無いのだから考えても仕方が無い。知っている訳も無いのだから、考える必要は無いと言い聞かせる。

 しばらく自問自答を繰り返していたら、徐々に落ち着きを取り戻し始める。私は冷や汗と焦りから出た熱を冷ます為、カーテンを開けて窓を開けた。


 「……涼しい、かも」


 そう小さく呟いた私は、すぐに窓を網戸に切り替えて部屋から出た。汗が気持ち悪いのを放置したくないから、私は浴場へと入る。シャワーを浴びながら、結局私はさっきの夢の事を考えてしまうのだ。


 「あぁ、でも……(なんだか、懐かしい感じがしたなぁ。さっきの夢)」


 ――少しだけ感じていた事を思いながら。

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