第55話

 「――随分と大きく出たのう、刹那。他の者はともかく、ワシにも勝つつもりかのう?」

 「無論、そのつもりですよ。私の今の立場をお忘れですか?」

 「知ってるが、それとこれとは話は別じゃ。いくらお前さんが鬼組幹部の統括だとしても、ハヤテという障害がある限り無駄な事じゃ」


 煙管を取り出した綾は、目を細めて刹那にそう言った。挑発のつもりで言った事だが、刹那の挑発に応える事なく綾はそう述べた。

 確かにハヤテという焔の右腕が存在する限り、刹那は全員に勝利を収めるという話は実現不可能だ。鬼組では互いの実力を知る為に組手を行った事があり、その時に互いの手数や実力は既に知り尽くしている。


 「……確かにそうですね。実のところ、ハヤテには勝てる気がしないんですよね。貴女はどう思いますか?綾さん」

 「そうじゃのう。いっその事、勝負を諦めるというのも一つの手じゃな。鬼組の中で、ハヤテの強さは逸脱している部分も確かなのじゃからなぁ」


 そう言って綾は、再び空に向かって煙を吐く。やがて虚空へと消える煙を眺めた綾は、廊下を歩み出して手を振りながら言葉を続けた。


 「――まぁ、ワシにはどうでも良い事じゃな。ワシの未来を明るく照らしてくれるなら、ワシを率いる者は誰でも良いんじゃ。たまたまそれが、今はあの方だっただけじゃ」

 

 そう言って廊下の奥へと消える綾を見届けた刹那は、肩を竦めて溜息を吐いた。自分も目的がある事を思い出して、大浴場へと刹那は向かった。

 

 『だぁ~もう、知らねぇったら知らねぇっての!!アタイが知ってる訳ねぇだろうが!!』

 『……杏嘉、何か知ってるみたいだった。だから教えて』

 『だから知らないっての!!!』


 大浴場で何をしているのかと思いつつ、騒ぎ声を耳にしながら刹那は脱衣所から浴場へと入る。そこで見た光景は、刹那が予想していた通りの光景だった。


 「――二人とも、何を走り回っているんですか。危ないですよ」

 「あ、刹那!良い所に!!!た、助けてくれ!!」

 「魅夜、とりあえず杏嘉を離して下さい。そのままではただの狐のようにボロボロで醜い格好になってしまいます」

 「んだとゴラァ!!――あぁ、ちょ、魅夜マジで離してくれよぉ」

 「やれやれ。……二人とも、とりあえず落ち着きましょう。じゃないと、せっかく温まった身体が冷える結果を生みますよ♪」

 

 刹那が笑みを浮かべてそう言った瞬間、綾と魅夜は青ざめてその場で正座をしたのであった。

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