第53話
「――んあ?違ったか?」
「杏嘉。ちと耳を貸すのじゃ」
「嫌だね。何でテメェに貸さなきゃならねぇんだ?」
「良いから貸すのじゃ……(良いからこっち来い)」
綾は思考内容を表した表情のまま、杏嘉を呼ぶように手招きをした。杏嘉は舌打ちをしたものの、魅夜に関する事だと悟った瞬間に諦めた様子で近付いた。近付いたと同時に内緒話をする形で、綾と杏嘉は魅夜に背中を向ける。
「……?(二人共、どうしたんだろ)」
彼女たちの態度の意味が分からない魅夜は、欠伸をしながら湯に肩まで浸かる。
「んだよ」
「魅夜に色恋の話をしても無駄じゃぞ。という忠告じゃ」
「あいつだって立派な大人だろ?なら色恋を知ってても可笑しくねぇはずだぞ」
「それが違うのじゃ。これは間接的に聞いた話じゃが、魅夜は保護される時には孤児で忌み子扱いを受けていたらしいのじゃよ。……であれば、だ。色恋どころか、他の事に関しても知らない事だらけで未だに発展途上じゃ。下手な知識を埋め込んで怒られるよりは、魅夜が自分で知るまで待った方が賢明じゃろ?」
「……マジな話か?」
「大マジじゃ」
「じゃあさっきアタイが言った事を鵜呑みにしたら、アタイが大将に怒られる。――って事か?」
「じゃろうな。幸い、まだ疑問に思ってもないようじゃから一安心じゃろ。良いか、杏嘉。魅夜に決して間違った知識を植え付けるんじゃないぞ?」
「へいへい。しつけぇな、気を付けるっつの」
内緒話を終えた杏嘉は、嫌悪感に包まれながらも魅夜の隣に戻った。綾の方へ視線を戻してみると、『余計な事を言うなよ?』という眼差しを向けられているのに気付く。
手を振って『こっちを見るな』と伝える杏嘉は、隣で月夜を眺める魅夜に視線を向ける。
「何を話してたの?」
「ん、いや、くだらない話だ。お前は気にしなくて良い」
「……そう。じゃあ、気にしない」
並んで一緒に月夜を眺めながら、魅夜と杏嘉は会話をし始める。綾は風呂から出る事にしたのか、『後は任せた』という風に片目を瞑って手を縦にしている。
それを見た杏嘉は肩を竦めつつも、ひょこひょこと動く魅夜の頭上にある耳を眺める。互いに同じ耳付き妖怪である事を感じる中、魅夜は杏嘉の肩を突いてふと浮かんだ疑問を言葉にしたのである。
――つんつん。
「んあ?どうした、魅夜」
「質問がある」
「何だ?」
「好きって……何?」
「……はい?」
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