第五夜「ボクの居場所」

第41話

 これは――ボクがまだ「魅夜」と名前を得る前の話だ。


 『――――――!!!』


 怒号のような叫び声が響く中で、ボクの視界は赤く染まっていた。村は全て焼かれ、黒く焦げた死体ひとの山を踏み、ボクの眼前にまで迫った巨大な四足歩行の獣。

 殺される。食べられる。そう思ったのだが、眼前まで迫った獣はボクに何もせず何処かへ行ってしまった。動けなくなった身体から緊張の糸が解け、その場に崩れ落ちるように膝を付いた。


 「……たすかった?」


 そう思った瞬間だった。


 ――ゴッ!


 「っ……え?」


 額に衝撃が走り、ボクの足元にはポタポタと温かい何かが垂れていた。そこには同じく赤くなった石が転がり、ボクはゆっくりと視線を足元から上へと動かした。

 そこには、こっちに向かって石を投げる生き残った人間たちが居た。ある者の瞳は侮蔑しているように見え、ある者の瞳は怒号を叫びながら石を投げ、ある者はボクを指差して何か言っていた。

 意識が朦朧もうろうとしていて良く聞こえなかったけれど、たった一つだけ聞き取れる言葉があった。それは……


 『出て行け!化け物っ!!』

 『死ね、化け物!』

 『化け物がはらんだ疫病神やくびょうがみめっ!』


 ――。石を投げる者たちは皆、そう言っているだけは分かった。


 「っ……止めて、ボクは何も……」

 『く、来るなっ!化け物!』


 手を伸ばそうとした時だった。ボクの目の前にまで飛んで来たのは、畑をたがやす為のくわや木を倒す為のおのが飛んで来た。手が伸び切る前だったから良かったものの、もう少し前に出ていたら確実に刺さっていた場所だ。

 再び村の人たちに視線を戻すと、全員がギロリと怒っている視線を向けている事が分かった。その瞬間にボクは察する事が出来た。


 ここに――ボクの居場所は無いのだと。


 そしてボクは逃げ出した。強張った身体は体力を早く消耗させ、ボクは近くに建てられていた寺に逃げ込むのであった。そこは誰も居なくて手入れはされておらず、壁や天井には微かに穴が空いていた。

 だが居場所の失ったボクにとっては、これ以上の無い贅沢ぜいたくな場所となったのである。

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