第33話

 「……この気配、魅夜の気配ですが危険な気配ですね」

  

 空が灰色に染まっている中で、頬を撫でる風からピリピリとした空気が伝わって来る。私の記憶している気配の中で魅夜だと分かるのだが、しかしこれは何か様子がおかしい事が理解出来る。


 「魅夜……何者かにたぶらかされましたね」


 そう呟きながら周囲を観察していると、視界が全てネガティブ反転した。これは恐らく、警告と周囲に影響しないようにとハヤテが配慮したのだろう。

 この空間は全てを鏡合わせにしたような空間だ。結界と呼んでも良い。結界は本来、私たちを滅する者たちが使用する技だが……私たちがその者たちから奪った技だ。奪ったと言っても、その者たちが使っていたのを彼が見様見真似で覚えたものだ。


 ――気配が二つ。

 

 意識を集中し、周囲に居る者たちの気配を辿る。やはり何度確認しても、ハヤテと魅夜の気配しか感じる事が出来ない。敵影が無い事になると、彼女は何者に誑かされたのだろうという疑問が生じる。


 「少し念入りに調べましょうか。……丁度、空が曇り始めてる事ですしね」


 私は目を細めながら、灰色に染まった空を見つめる。そういえば、結界を見様見真似でハヤテが覚えた時もこんな空だった。


 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。


 「焔さん、何処に向かわれるのですか?」


 まだ鬼組という組織が出来る前、未だにぎこちない様子だった刹那は前を歩く焔に問い掛ける。少し前に居る彼は足を止めずに刹那の問いに対して答えた。

 

 「刹那、こんな噂を知ってるか?『』っていう噂だ」

 「人間と妖怪が、ですか。その噂に信憑性しんぴょうせいはあるのですか?」

 「本来、人間と妖怪は敵対関係にある間柄だ。数年、数十年、数百年間に渡って戦いを繰り返しているのも現状だ」

 「では、その噂は信じるには難しい話ですね。興味が無いと言えば嘘になりますが……」

 「そう、難しい話だ」


 そう呟いた彼は足を止めた。そして彼女の方へと振り返って言葉を続けた。


 「――だがその噂が本当なら、人間と妖怪の間に産まれてしまった者はこの世は生き辛いはずだ。そんな奴が居たとしたら、助けてやらなくちゃ可哀想だろ?」

 「?……焔さんがそうしたいと望むのなら、私はそれに従うだけです」

 「あぁ、頼りにさせてもらうさ」


 再び足を動かした彼を見つめる。彼女の頭には、ある疑問が浮かんでいた。噂の種である妖怪が可哀想だという気持ちは理解出来たが、それを話していた彼の表情にはどこか寂しそうな空気を感じていたのである。


 「……はい。その期待に応えられるように努力します。(今はまだ分からない。ですが、この命は貴方に拾われた命です。この身が果てるまで、私は貴方に忠誠を尽くしますよ)」

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